悩みや苦しみを1品のスイーツで癒してくれる。不思議な甘味処を描いたマンガ『泣きたい夜の甘味処』
公開日:2022/2/2
生きていると、時に自分の無力さに打ちひしがれたり、壁にぶち当たって心が折れそうになったりする。多かれ少なかれ誰もが経験することだと分かってはいるが、それでも辛いものは辛いし凹むものは凹む。そういう時、誰かにそっと寄り添ってもらえたらと思わなくもない。しかし素直に寄り添われる準備があるかと聞かれると、それもまた難しいところである。でも、もしそこに「偶然の出会い」があれば。それならばスッと心に入ってくるのではなかろうか。
『泣きたい夜の甘味処』(中山有香里/KADOKAWA)は、そんな悩みや苦しみを抱えている、泣きたい人を癒してくれる、真夜中にひっそりと営業している甘味処の物語。この甘味処のメニューは、温かい飲み物と甘いものが1品だけ。しかも店員は喋る熊と鮭という、とても変わったお店だ。
熊と鮭は、店の前に「お客さん」となる人が現れると優しくそっと声をかけ、店内へと招いてくれる。そして温かい飲み物と、その人のためのとっておきのスイーツを提供してくれるのだ。出されるスイーツはどれも、お客さんの心に寄り添ったものや思い出のあるものばかり。お客さんはみな、それを一口食べると、心の中につっかえていたものが取れたかのように涙を流す。
そして少しだけスッキリした顔で外の世界へと帰っていく。
例えば、憧れていた仕事に就いたものの、入職後すぐに焦って失敗し「要注意な新人」というレッテルを貼られてしまった看護師。一生懸命働いても、周囲は彼女のことを腫れ物扱いしてばかり。そんな彼女に出されたのは、「干し柿とクリームチーズのパウンドケーキ」。鮭は彼女に、「干し柿ってね 渋柿から作るんですよ」と話す。そして「渋柿は他の柿より甘さを隠し持ってるんですよね」と、まるで彼女の魅力に気づいているかのように笑いかける。
その看護師は、その場ではなかなか自分を肯定できずにいたのだが。しかしその後職場でもらった一言に助けられ、「私は渋柿のように甘くなれるのだろうか」と自分を渋柿になぞらえて少しずつ前を向いていく。このほかにも、この甘味処には、愛する夫を亡くしてしまった女性、育児に疲れた母親、大事な家族が寝たきりになってしまったギャル、持病が悪化して大事な猫と離れ離れになったおじいさんなど、いつ誰が抱えてもおかしくない悲しみを持った人たちが次々とやってくる。
そんな彼女ら、彼らが涙を流しながら食べるのを見ていると、そのスイーツはいったいどんな味がするのだろう?と同じものを食べてみたくなる。そしてそう感じた時、それが実際に叶ってしまうのも本書の魅力だ。各話の最後には、登場したスイーツのレシピがイラスト付きで紹介されている。
さらにこの『泣きたい夜の甘味処』には、各話それぞれもう1つの視点から綴られた物語「Another story」も描かれている。これは主人公たちが知らない、それぞれの主人公の周りで起こっている秘密の出来事。それを覗き見ることで、物語が広がりより深さを増していく。そしてもう少し肩の力を抜いてみよう、周囲に目を向けてみようという気持ちになってくる。疲れて泣きたくなった時、心癒されたくなった時は、スイーツとともに本書を読み、優しい甘さを味わってみては?
文=月乃雫