四月に一つの物語も期待しないほど、私はまだ完全に人生を諦められてはいなかった。/真夜中乙女戦争②

文芸・カルチャー

公開日:2022/1/22

1月21日より公開中の映画『真夜中乙女戦争』。原作は、10代・20代から絶大な支持を集める新鋭作家Fによる初の小説『真夜中乙女戦争』(KADOKAWA)だ。名言だらけ、とSNSで拡散され続ける本作より、本連載では、「第一章 星にも屑にもなれないと知った夜に」と「第二章 携帯を握り締めても思い出はできない」を全5回で紹介。映画とあわせて「最悪のハッピーエンド」を確認しては?

真夜中乙女戦争
『真夜中乙女戦争』(F/KADOKAWA)

第二章 携帯を握り締めても思い出はできない

 新宿駅構内を迷わず移動する方法も、モネとマネの違いも分かっていない十八歳の私でも、幾つか漠然と分かっていたことがある。たとえば友情は離れてからが本番だし、恋愛は好きとか嫌いとか超えてからが本番で、危ない恋愛は誰にも言えなくなってからが本番だとすれば、おそらく結婚は愛してるけどもう好きじゃなくなってからが本番だろうし、ソーシャルメディアはうんざりしてからが本番、仕事は何のためにやってるか分からなくなってからが本番、だなんて言い続けていると、心が死んでしまうから、適宜サボることも大事だということ。

 そして何より、死にたくなってからが人生は本番なのだということ。

 そんな私は物語を求め過ぎていたのだろうか。

 もちろん人生は物語がなくても生きていける。

 いや、私は断じて物語など求めていなかった。『夜は短し歩けよ乙女』の乙女は浮世離れした虚像だと理解していたし『何者』は些か警戒心に欠けた学生諸君の乱痴気騒ぎだと唾棄していた。実家の本棚の一番上の奥にあった『ノルウェイの森』は昭和に流行ったロマンポルノだと思っていた。虚構は虚構、現実はいつも圧倒的現実だ。主人公がいつまでも運命のなにかと出会えないまま終わる小説が、この世に存在しない理由は三つある。第一、そんな小説は誰も読まない。第二に、その小説は余りに現実的だ。第三に、そんな小説家がいたら第一と第二の理由から、とっくに自殺しているだろう。

 たとえ私に友達や恋人が一人もできなくても、憧れるような教授か、騙されてもいいと思えるような人間と一人でも出会えたらそれでいいと思っていた。それだけでいいと思っていた。それさえも贅沢な願いだったのだろうか。求めれば、されば与えられたのか。

 四月に一つの物語も期待しないほど、私はまだ完全に人生を諦められてはいなかった。

 そうして大学一年生として迎えたこの四月、決して少なくない学生が志望する、この大学のこの講義は、私の淡い期待を完膚なきまでに打ち砕くに十分なほど退屈だった。その余りの講義の質の低さに一日目は驚愕し、二日目は不安になり、三日目は何とか我慢、四日目もまた耐え難きを耐え、五日目も忍び難きを忍んだが、翌週の月曜日に至っても教授本人が書いたらしい値段だけ高い専門書を適当に棒読みし、読めば五分で誰もが理解する内容を九十分に全力で引き伸ばして解説する教授らはその翌日翌々日翌々翌日も代わる代わる優しい拷問官のように教壇に現れたのである。副流煙は主流煙より数倍有害であるというのは有名な話だが、まさにその副流煙が人間を殺すように、退屈もまた人間を殺すに違いない。煙草一本で寿命は五分縮まる。講義一回で私の寿命は九十分消える。そして悲劇は、その悲劇性が中途半端であればあるほど悲劇をより悲劇たらしめる。最悪なことに、悲劇的なこれらの講義は私の人生の本番の到来を意味していなかった。意味しているはずがなかった。

 間抜けなチャイム音と共に、相変わらずその日の講義も終わった。

 この瞬間、私には、はっきりと見えた。

 このまま優等生にも不良にも真面目にも不真面目にもなれず、苦笑いしながら大学を出て、その気色悪い笑みを湛えたまま会社に入り、日夜の通勤電車で何に怒っていたか忘れ、携帯かパソコンを見詰め、思い出したみたいに家庭に入り、生命保険に入り、名誉も地位も財産も手に入れられぬまま、愚痴ばかり零すだけの盆暗となって棺桶に入る、白髪の私の姿が。

 

「世界で一番危険な行為って、なんだと思いますか」

「テロとかじゃなくて?」

「テロとかじゃなくて、もっと日常的なもので」

「二度寝でしょ」

「なるほど」

「それより、この質問の意図はなんなの」

 行為の主体は何、世界の定義は、危険の定義は何、と教授は立て続けに捲し立てる。

 知らぬ間に私は講義終わりの教授に話し掛けていた。もう二度と話し掛けることはないと思われたからだ。と同時に、気まぐれに教授に話し掛けたことを早くも私は後悔していた。

「厳密でなくて結構です。直感でお答えください。知りたいんです、教授のお考えが」

「睡眠不足も人類最大の敵かもしれないよね」

 どこかで聴いたような話だ。

「YouTubeでもSNSでもアルコールでもなく、睡眠不足なんですか」

「もし睡眠時間が一日六時間切る生活が二週間続いたら、人間の本来の処理能力は一睡もしてない徹夜明けの人間の処理能力と同じくらいに低下するらしいよ。そんな研究論文があるの。でね、徹夜明けの人が日中勝手に不機嫌になって他人のせいにしたり世界のせいにしたりして優しい人に八つ当たりしたり責任転嫁したりすると、今度はその優しい人が睡眠不足になって周りにいた優しい人もまた睡眠不足になって、その連鎖が同時多発して、世界中の人間が雪だるま式に巻き込まれて徹夜明けになってしまうのよ。そうなったらもう終わり、真夜中が真昼間、真昼間が真夜中になって、色んな歯車が狂っていく。だから、人間は一日八時間は寝なければいけない。世界平和のために」

 ミス・ユニバースみたいなことを抜かしやがる。

「嘘でしょう」

 たとえ嘘でなくても、綺麗事を抜け抜けと語られることに、私は極普通に苛立っていた。

「冗談じゃない。本気で言ってるの」

「どうしようもないものって、どうしようもないじゃないですか。眠りなさいと言われて簡単に眠れるなら誰一人睡眠不足にならない。それに、眠ることを忘れるくらい、楽しいことがあった方が良い。人類の敵も世界で一番危険な行為も、もっと他にあるものではないですか」

 教授は明らかに、私に対して手加減している。当たり前だ。舐められて当然でもあった。

「私が言いたいのはね、想像力の話。眠れないと世界がさ、敵か味方か、あるいは全員敵でも味方でもないように見えるでしょう。でもたとえば君の好きな人にも大嫌いな人にもたぶん眠ろうとして眠れない夜はあって、誰かと電話をしてても仕事をしていても本当は飛んで会いに行きたい人がいて、それでも二度と会えない人がいて、絶対言わないようにしてることがたくさんあって。それを直接目にすることなんてほとんどない。きっと人間は死ぬまで寂しいんだよ。あんまり寂しいと人は狂って、ありえないことをしてしまう。眠れない夜って、世界で自分一人だけが最悪な目に遭ってると思いがちなんだ。だから死にたくなったらさっさと寝る。それが一番大切なの」と誰から頼まれた訳でもないのに延々とこのようなポエムを呟く教授の視線が私の顔の一点に注がれていることに気づいた。

「僕がそんなに眠っていないように見えますか」

「目の下がすごいことになってる」

「もともとこういう人間なんです」

「それにさっき、私の講義で寝そうになってたよね」

「ごめんなさい、頑張っていたんです」

「窓際で一人頑張っていたことも知ってる」

「夜は寝た方がいいけど、二度寝は危険なことは覚えておきますね」

「…………」

「…………」

 日本で一番薄いコンドームより遥かに薄っぺらいこの会話が一瞬終わりそうになった。

「あなたは何だと思うの、世界で一番危険な行為って」

 最後の生徒が教室から退室し、私たちは二人きりとなった。

「なにかに意味を求めることだと思ってて」

「意味?」

「本当に自分が辛い時、他人の辛さなんてどうでもよくないですか。だから辛いのであって」

 教授が一瞬不快そうな顔をしたのを私は見逃さなかった。

「何が言いたいの」

「世界で自分一人だけが最悪な目に遭ってると思うのが幻想であろうがなかろうが、同じ星の下に生まれた以上、僕たちは互いに傷つけ合う運命ですよね。生きてる限りは、死ぬまで擦り減って傷つくのは、黒板もチョークも僕も教授もそうでしょう。お互い様です。それはそれでいいんです。で、僕に残された選択肢は、もう二個しかないと思ったんです。すべてに意味はあると思って生きるか、すべてに意味はないと思って生きるか。さっきまでずっとこの件について考えていたら、僕の答えは後者に傾きました。傷つきたくないからではありません。ただ純粋に傷つくことにも傷つかないことにもなに一つ意味はない可能性があると思ったんです。僕が東京に来た意味も、大学生である意味も、この教室を出て、これから目にするであろうすべての出来事になんの意味も残されていないかもしれないと思ったんです。そうすると、やりたいこともなくなって、やりたかったこともなくなって、なりたいものもなにも、なくなってしまったんです。いや、これは元からかもしれませんね。酔ったら人はダメになるのではなくて、人は元からダメだったって事実が酒で明らかになるだけ、と同じ感じで。先生、これは僕の傲りでしょうか。人生に意味があって然るべきとか、僕の人生にも意味があって然るべきだと思いたいのは、僕みたいなどうしようもない学生が欲しがってはいけない贅沢品のようなものでしょうか。そう考えてたらチャイムが鳴って、教授とお話がしたくなりました。思ったんですけど、お召しの金色の腕時計と靴のデザインが素敵ですよね」

「ありがとう。で、君は昨日は八時間以上寝て、今朝はちゃんと朝ごはんは食べたのかな」

 舐めた口をききやがると私は教授に思ったし教授も私にそう思っていただろう。両思いだ。

「何も食べてません。朝食やら何やらがこの問題を解決してくれるとは到底思えません」

 初めて私と手を繋いで遊んでくれた女の子は、地震で死んだ。圧死だった。

「悩んでる時点で、それは行為として正しいんじゃないかしら」

「お言葉ですが、悩んでる時点で正しいと言われても僕はなんにも嬉しくないんです」

「君が五年遅れの中二病か、二年遅れの高二病か、一年早めの大二病か何か分からないけど、あのね、百かゼロか、黒か白か、みたいな考えはいつか自分も滅ぼしてしまうよ。大体、答えが二択しかない問題は問題設定自体が正しくない。この世に意味はあるようでない、ないようである、そんなどっちつかずのものはたくさんある。深海魚の写真集でも見てみなさい。神様の気まぐれとしか思えない造形の魚がたくさんいるわ。あの一匹一匹には意味があったりなかったりする。そんなものは全部、黒でも白でもない灰色のままで良いと思うんだよ。意味のないものが人類の素晴らしい発明だって気づくのに、君にはまだまだ時間が必要だと思う」

「深海魚も深海魚の写真集を見て生命の神秘を面白おかしく消費する人間も、なんの意味もなくて、それを見守る神様もいなくて、意味のないものを素晴らしい発明品だと考えることすら意味がなければ、どうされますか。百人百万人に好かれようが、好かれたいたった一人から好かれなかったら、どうされますか」

「さっきさ、なにがあったの? 失恋でもしたの?」

「いいえ、教授の講義がありました」

「知ってるわよ」

「まだお時間大丈夫ですか」

「大丈夫だけど」

「もしかして今、生徒に人生相談をされてると思われてますか」

「これって雑談に見せかけた深刻な人生相談なんじゃないの?」

 きっとこの教授は、他の生徒には人気があるに違いない。少なくとも自分が今、何を言えば一般的な生徒が喜ぶかを知っている。まるでそれは、不潔な言葉のポルノだ。

<第3回に続く>

映画『真夜中乙女戦争』
1月21日(金)全国ロードショー
原作:F『真夜中乙女戦争』(角川文庫) 脚本・監督・編集:二宮健 出演:永瀬廉、池田エライザ、柄本佑ほか 配給:KADOKAWA
東京で一人暮らしを始めた大学生の“私”(永瀬廉)は、やりたいことも将来の目標も見つからない中で、いつも東京タワーを眺めていた。そんなある日、「かくれんぼ同好会」で出会った不思議な魅力を放つ凛々しく聡明な“先輩”(池田エライザ)と、謎の男“黒服”(柄本佑)の存在によって、“私”の日常は一変。そして“私”は、壮大な“東京破壊計画=真夜中乙女戦争”に巻き込まれていく。

(C)2022『真夜中乙女戦争』製作委員会