1ページ目の精度が、小説の運命を決定する。『「書き出し」で釣り上げろ』が示す、物語の作り方

文芸・カルチャー

公開日:2022/1/21

「書き出し」で釣り上げろ
『「書き出し」で釣り上げろ』(レス・エジャートン,倉科顕司・佐藤弥生・茂木靖枝:訳/フィルムアート社)

 自分の本を採用してほしいと思うなら、最も重要なことばをかならず一ページ目に書いてください。(中略)
 数えきれないほどの作家が、(ときには激しい口調で)わたしにこう言いました。この作品は先へ進むにつれておもしろくなります。話にはいりこみさえすれば、わくわくする展開になるはずだから、どうかチャンスをください、と。
 ぜったいにそうはなりません。
レス・エジャートン『「書き出し」で釣り上げろ』(フィルムアート社、2021年、倉科顕司・佐藤弥生・茂木靖枝:訳)p.264

 筆者も小説新人賞の下読みをすることがあるが、まったく同意する。ダメな作品は冒頭1、2ページでわかる。ツカミが優れた作品がだんだん尻すぼみになって「惜しい」と思うことももちろんあるが、冒頭がダメな作品の場合、最後まで読んで印象が覆ったことはない。

 小説の書き出しは重要だ――とはよく言われるが、なぜ書き出しが重要なのか? 具体的には、何に気を付ければいいのか?

 この問題についてだけで丸一冊、300ページの本として書かれている書籍が、『「書き出し」で釣り上げろ』だ。

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 具体的に、本書にはどんなことが書かれているのか?

書き出しの目的

 この本では、書き出しで達成しなければならないことを4つにまとめている。

1.核心の問題を提示する
2.読者の心をつかむ
3.ストーリーのルールを確立する
4.ストーリーの結末を予感させる

 この話で主人公が取り組むこと(核心の問題)を示し、何がアリで何がナシの世界なのか(ストーリーのルール)を示し、読み手の興味を惹く、ということだ。

書き出しの構成要素

 そして、目的達成のために入れ込む要素を10個に整理する。

1.きっかけとなる出来事
2.出来事が引き起こす核心の問題
3.出来事の結果として現れた、最初の表層の問題(これを解決することがストーリーの主題であるかのように受け手に思わせる問題)
4.設定
5.バックストーリー(きっかけとなる出来事の時点までに起きたこと。登場人物の生い立ち)
6.心をとらえる最初の一文
7.ことばづかい
8.登場人物
9.舞台背景
10.伏線

 なかでも最初の4つが特に重要だ、と言う。

具体的なテクニック

 どんな見せ方があるのかについては、ベストセラー作品などから豊富な実例を引いているのでぜひ本にあたってほしいが、たとえば以下のようなテクニックが紹介されている。

・原稿をすべて書き終えてから全体像をながめ、どこを出発点にするか決める
・風変わりな登場人物による書き出し
・登場人物の心の声ではじめる
・詳細を具体的に書いて力強い書き出しを作りあげる

 ただおそらくそれより作家志望者に役立つのは、ダメな書き出しの例のほうだろう。

やってはいけないこと

 本書では、著者や編集者/文芸エージェントが「よくない書き出し」について多方面から語っているが、これが本当に同意するところが多い内容になっている。

・設定やバックストーリーを長々と解説して「語る」。読者を夢中にさせる感情の反応を引き出すためにドラマチックなシーンを「見せる」必要がある。のんびりした書き出しは今の読者には受け入れられない
・夢ではじまる(陳腐で、まさか夢オチにするのではという予感をさせるから)
・目覚まし時計、鳥のさえずり、太陽の光で主人公が目覚める、だれかに起こされる(読者がうんざりしている書き出しだから)
・会話が少なすぎる(描写が延々続く作品は退屈だから)
・会話ではじまる(いきなり会話から読まされても登場人物について読者は何も知らないからフラストレーションが溜まる)
・視点人物がだれなのかよくわからない
・事故や戦闘などではじめて、読者を興奮で惹きつけておきながら、冒頭の出来事がストーリーの本筋とはまるで関係ないとわかる
・主人公ではなく情景描写や型どおりの悪人からはじめる

細部も全体も仕掛けられるから、書き出しも仕掛けられる

 ところで「ダメな原稿は冒頭1、2ページ読めばすぐわかる」のはなぜだろうか。

 この本は書き出しに特化した本だが、しかし、著者のレス・エジャートンは小説全体の構成がどうあるべきで、その上で書き出し(オープニングシーン)をどう構成すべきかを説いている。

 結局、原稿の序盤をいかに構成するかに気を遣える作家は、全体をどう演出すればいいか、一文一文をどう紡げばいいかもわかっている。そして逆もしかり、だからだ。

 であれば、書き出しについて熟達することは、全体としてたくらみに満ちた小説を書く能力を高めることにもつながるはずだ。ニッチなようでいて、エンタメの本質に迫ることに役立つ本だ。

文=飯田一史