『アイドルマスター シンデレラガールズ』の10年を語る(クリエイター編):作曲家・田中秀和インタビュー

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更新日:2022/1/21

2021年、『アイドルマスター シンデレラガールズ』がプロジェクトのスタートから10周年を迎えた。10年の間にTVアニメ化やリズムゲームのヒット、大規模アリーナをめぐるツアーなど躍進してきた『シンデレラガールズ』。多くのアイドル(=キャスト)が加わり、映像・楽曲・ライブのパフォーマンスで、プロデューサー(=ファン)を楽しませてくれている。今回は10周年を記念して、キャスト&クリエイターへのインタビューをたっぷりお届けしたい。クリエイター編の第2弾は、2015年放送のTVアニメ主題歌や劇伴、そして周年楽曲など、『シンデレラガールズ』の象徴的な楽曲を制作してきた、作曲家・田中秀和氏に話を聞かせてもらった。

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ファンの皆さまの懐の深さに、僕らクリエイターが甘えるようなことは、絶対にしてはいけない

――『シンデレラガールズ』が10周年を迎えたことの感慨についてお聞かせください。

田中:半分自分の話にもなっちゃうんですけれども、僕自身が作曲家としてキャリアを歩み出したのが2010年からで、ほぼ自分のキャリアと同時期にスタートして、もう10年になるのか、という思いで過ごしていました。自分が何もできなかった頃にスタートして、初期の頃に“ススメ☆オトメ”という楽曲で参加させていただいて、そこから自分もいろんなキャリアを歩む中で、一緒に歴史を積み上げてきたような思いがあります。勝手にシンパシーを抱いてる部分もあって、すごく長い時間だったようにも感じますし、「もう10年も経ったのか」という思いもあり、感慨深いですね。

――関わっているキャストさんやクリエイターさん、スタッフさんも含めて、熱量が持続し続けている、むしろ熱量が増しているのが『シンデレラガールズ』である、という印象がありますが、田中さんから見てその要因は何だと思いますか。

田中:僕が感じるのは、『シンデレラガールズ』というプロジェクト自体が、ずっと未来を見据えながら、ずっと前進し続けているようなイメージです。音楽面でも、どんどん新世代のクリエイターの方の音楽を取り入れていこうという姿勢だったり、チャレンジングなことをクリエイターに求めるディレクターさんの視点だったりが、要因として大きいのかな、と思います。それがあるからこそ、長くファンでいてくださる方も応援したいと思っていただけるのでしょうし、新しいファンの方々が参入してくるきっかけにもなっているんじゃないかな、と思います。

――今おっしゃったように、若い世代のクリエイターさんというのは、田中さんやイノタクさん、滝澤俊輔さんの曲を聴いて育った世代とも言えるわけですよね。田中さんが作った楽曲は、ライブでも登板回数が多い曲だと思いますが、ご自身の曲が他のクリエイターの心も動かしていることについて、どう感じていますか。

田中:非常に光栄なことだと思います。音楽を作る立場の若い方にとって、自分の音楽が少しでも彼らの音楽の一部になれているのであれば、その方々がまた世の中に音楽を発信して、どんどん受け継がれていくのだと思います。すごく光栄なことだし、もっと言うと「音楽やっていてよかったな」と思えますね。

――田中さんが『アイドルマスター シンデレラガールズ』の楽曲制作に臨むときに、『シンデレラガールズ』だからこその楽しさや難しさを感じる部分、これだけはブレないようにしておこうと考えている軸について、それぞれ教えてください。

田中:楽しいな、嬉しいな、と感じる部分は、たとえば高垣楓さんのソロ曲を作らせていただいたんですけれども、アイドルはすでに多くの物語を持っているんですね。たくさんのファンの方がいて、すでに存在する物語やキャラクター性に、自分がソロ曲を書き下ろすことによって、その世界とつながれたような感覚になるんです。これは歴史があるプロジェクトだからこそだし、そこで覚える感慨深さは、『シンデレラガールズ』ならではだと思います。同時にものすごくプレッシャーもありましたが、自分としてはそれを達成できたと自負はしているので、大きな喜びでもあります。難しさは、多くの方々によって積み上げられてきたものがある中で、自分はどういう形で何を残すのか、そこはプレッシャーを感じる部分ですね。特に楽曲の方向性を考えるときはものすごく悩みますし、難しい部分ですね。

自分が考える軸については、『シンデレラガールズ』って、すごく懐が深いと思うんですね。楽曲のジャンルや音楽性ひとつ取っても、さまざまなジャンルや方向性の楽曲をどんどん『シンデレラガールズ』の楽曲として取り入れていく懐の深さがあります。それはひとえに、ファンの皆さまの懐の深さ、広さでもあるなって思うんです。で、その懐の深さは僕も認識していて、素晴らしいことだと思いつつ、僕らクリエイターがそれに甘えるようなことは、絶対にしてはいけないな、と感じています。仮の話ですけれど、僕が独り善がりな楽曲を作ったとして、それでもクリエイターの個性として受け入れてくれるような懐の深さを感じますが、そこに甘えるような真似はしてはいけないと、常日頃意識してます。特に周年の楽曲や、TVアニメのオープニングを任せていただくときには特に、しっかりと応えないといけない、という気持ちで取り組んでいます。

――田中さんと言えば、2015年放送のTVアニメの主題歌“Star!!”や劇伴も担当されていましたが、最終的にはよい曲が作れたとして、田中さんの中では試行錯誤を重ねて作っていった曲なのでしょうか。

田中:そうですね。特に最初のデモを作った段階での試行錯誤は、とてもありました。“Star!!”に関しては、コンペだったんです。1コーラス、TVサイズ89秒のデモを作って、それで選んでいただいて。『アイドルマスター』、765プロダクションのアニメのオープニングも、同じようにコンペの形式で楽曲の採用があって。そのときに僕も参加していたんです。で、結局それを勝ち取ったのは、神前暁さんでした。MONACA在籍時の僕の上司であり先輩であり、憧れの存在なんですけれども、神前さんにコンペで完膚無きまでに負けたというか、自分の至らなさや無力さを強く感じたんです。だからこそTVアニメ『シンデレラガールズ』のオープニングでは、「絶対に自分が勝ち取るんだ」という強い思いを持って、誰もが納得してオープニングにふさわしいと思うような曲を作ろう、という意気込みで臨みましたし、そういう楽曲ができたので、胸を張ってデモを出すことができました。

――試行錯誤を経て、「これだ!」と思えるデモが完成するときに、田中さんの中で確信を得られるトリガーというのは何になるんですか?

田中:ひとつ要素としてあるのは――765プロダクションの話にもつながるんですが――『シンデレラガールズ』は『アイドルマスター』という母体があって、その上での新しいプロジェクトであり、その母体の部分を感じさせるところが、“Star!!”にはあったのかな、と思っています。具体的に言うと、僕の中で神前さんの音楽の存在がとても大きくて。神前さんは『アイドルマスター』でたくさん名曲を書かれているんです。それこそ僕は、アマチュアのときに神前さんの『アイドルマスター』の楽曲を聴いて育った部分もありますので、その流れをしっかり汲んだ上で、『シンデレラガールズ』らしさを僕なりに整理して、その両方が備わっていたことが、皆さんが納得していただけるような音楽になった要因のひとつなのかなって思います。

――TVアニメの存在は、『シンデレラガールズ』に関わるから、特にキャストさんたちにとってはアイドルたちをより理解できる機会にもなったようですが、TVアニメでの楽曲制作の経験が、田中さんに残してくれたものは何ですか。

田中:やはりオープンでのコンペを勝ち取った経験は、僕にとってすごく自信につながりました。劇伴に関しても、基本的にはひとりで60曲、70曲近い楽曲を書かせていただいたんですけれども、劇伴をひとりで担当することも初めての経験で。当時、それこそ26、27くらいの田中秀和という作曲家任せてくださったことに対する感謝の思いはもちろんありますし、いろんな方の力を借りながらやり遂げられたことは、作曲家として大きな自信になりました。

――冒頭にお話してくれたように、田中さんが最初に手がけた楽曲が“ススメ☆オトメ”でした。『シンデレラガールズ』といえばこの曲、と言っていいほどの代表的な楽曲ですし、それこそ一昨年のインタビューでもイノタクさんが絶賛してたましたが――。

田中:そろそろイノタクさんからの“ススメ☆オトメ”の評価を更新できるような曲を、僕も作りたいなって思っています(笑)。

――(笑)田中さんにとってはもちろん、プロデューサーの皆さんにとっても思い入れが深い曲だと思います。制作当時のエピソードをぜひお訊きできたらと。

田中:“ススメ☆オトメ”に関しては、765プロダクションとは違う「オルタナ」としての『シンデレラガールズ』、そういったプロジェクトの楽曲として書く意識が、ややあったような気がします。『シンデレラガールズ』という、新しく進んでいこうとしている生まれたてのものに対して、まだまだ新人だった自分が作曲家として、たとえば神前さんではなく僕が書く意味を意識しながら作りました。

――ある意味、そのジャッジも簡単じゃないですよね。「この人の曲なら間違いないよね」という人に発注したほうが安心なわけですけど、当時の田中さんの可能性や実力を信頼してお任せしている、ということでもあるのかなと。

田中:本当にありがたかったですね。“ススメ☆オトメ”をきっかけに、こうして『シンデレラガールズ』にたくさん関わらせていただけたので。おっしゃるとおり可能性みたいなもの――原石といいますか(笑)。まだ磨かれていない原石的なものをどこかで感じてくださったんだとしたら、すごく光栄です。

――なるほど。そしてタイトルが“jewel parade”であると。深いですね(笑)。

田中:(笑)そうだ、楽曲の方向性のお話をしているときに「原石」っていう言葉も出ていた気がします。もしかしたら自分にも磨いたら光る部分があるのかな、そう思ってくださってるんだとしたらしっかり応えないと、という思いはありました。

僕らが『シンデレラガールズ』にできることって、僕らが思うよい音楽、美しいと思う音楽を精一杯作ることでしかない

――『シンデレラガールズ』ではさまざまな楽曲を書かれているわけですが、クリエイターとしてのご自身の新しい一面の開拓につながったと感じる曲は何ですか?

田中:“イリュージョニスタ!”ですね。僕的には、自分が作る音楽を自分で改めて再認識できたような感覚がありました。というのは、僕が作る楽曲には和声の雰囲気――ややジャズ的な要素やブルージーな要素、そういう和声の進行を多く取り入れている楽曲が多くて。

――和声とは?

田中:和声というのは、ふたつ・みっつ以上の音の積み重なりを和音と言いまして――コードと言ったりもしますね。その和音の連なりのことを、和声の進行と自分は呼んでいます。ポップスの用語で言うところコード進行ですけれども、シンプルに言うと、“イリュージョニスタ!”はジャズの要素も感じられる音楽性だと思うんですね。でも、ジャズ的な音楽をそれまでほとんど書いたことがなくて、つまりジャズ的な要素が楽曲に含まれているんだけれども、ド真ん中のジャズと呼べるような音楽は、あまり作ってこなかった。僕自身、ジャズ的な音楽の影響はふんだんには受けてきてるんですけれども、ド真ん中のジャズを通ってきたかと言うと、そんなことは全然ないんです。ジャズの源流があるとしたら、そこからの支流の音楽をたくさん僕は聴いてきて、“イリュージョニスタ!”で挑戦してみた結果、自分の源流を少し、自分でたどることができたような感覚がありました。自分の中に流れている音楽について再確認できた、というか。

――田中さんが影響を受けてきたジャズの支流のジャンルとは、どんな音楽を指しますか?

田中:一番わかりやすい答えでいうと、中高生のときにシンガーソングライターのaikoさんの音楽がすごく好きだったんです。aikoさんの音楽って、ジャズやブルースのフィールがものすごくあるんですね。もちろん、当時はそんなことを考えて聴いていたわけではないですけど、結果としてaikoさんのような音楽を通じて、そういったものに触れてきたんだと思いますね。あとは、当時からボサノバも好きでした。ボサノバも、コードはジャズからの流れをすごく受けている音楽ですね。

――2年前のインタビューで、田中さんが「やられた!」と感じた『シンデレラガールズ』の楽曲をお尋ねして、当時はMONACAの広川恵一さんのアシッド・ジャズ風の曲“Dreaming of you”を挙げていましたよね。その後、「やられた!」曲はありましたか?

田中:2年前のインタビューをイノタクさんと一緒に受けさせていただいた時点では、まだイノタクさんの“ミラーボール・ラブ”を聴く前だったんですよ。“ミラーボール・ラブ”はもう、めちゃめちゃいいですよね。やっぱりイノタクさんは素晴らしいクリエイターだなって痛感しました。すごいっていうか、音楽が好きって話になっちゃいますが(笑)。和声も僕が好きな雰囲気の感じがしありつつ、音の質感はイノタクさんが得意としていらっしゃる、今風のサウンドが取り入れられていて。イノタクさんは作詞も同時にされるので、言葉でもって楽曲の強度を高める方法を持っていらっしゃるな、と感じます。“ミラーボール・ラブ”って、♪アーアーアーアー、みたいな同音を四つ置いてあって、全部歌詞が「アー」だったりするんです。すごくシンプルなんですよ。シンプルってやっぱり強くて、1回聴いたら耳に残る。で、同音を四つ鳴らしてるんだけど、後ろで鳴っているコードは1個ずつ変えてあったりするんです。それがすごく気持ちいいし、キャッチーだし、好きですね(笑)。

――『シンデレラガールズ』の楽曲は、基本的に曲が先に作られると聞いていますが、歌詞がついたことで「えっ? こんな曲になるの?」と驚いたエピソードはありますか?

田中:fumiさんが書かれた“いとしーさー♡”です。僕が音楽で表現しようとした沖縄っぽさやかわいらしさ、元気な感じ、盛り上がる感じをすべてブーストしてくれるような歌詞になっていました。具体的に言うと、“いとしーさー♡”というタイトルがまずすごいなって思ったんですけど(笑)。♪チュッ、チュッ、チュッ、チュッ、っていう掛け合いが入っていてその言葉の響きも、チュッていう言葉が持ち得る意味――「ちゅら」という言葉にかかってたり、音楽的にも裏打ちの沖縄の音楽の雰囲気に合わせていて、キャッチーさも兼ね備えていてすごいなあって感じた楽曲でした。

――『シンデレラガールズ』は取材でこのアイドルのソロ楽曲を書きたいと話すと発注が来ることがある、と以前田中さんから聞きましたが(笑)、何か希望はありますか?

田中:佐藤心のソロ曲を書きたいと、けっこう前から思っていて。これ、たぶんどこかで言ったことがある気がします、言質を取ってもらおうと思って(笑)。でも、まだ発注は来ません(笑)。佐藤心役の花守ゆみりさんは、表現者として素晴らしい方だと思っていて、佐藤心の楽曲が来たら嬉しいですね。

――これまでの『シンデレラガールズ』のライブで、特に印象に残っている公演はありますか?

田中:メットライフドーム(THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS 6thLIVE MERRY-GO-ROUNDOME!!!)ですね。あの会場が僕はすごく好きで、半分開かれたところで聴く“イリュージョニスタ!”と“桜の風”は印象に残っています。もうひとつは、舞浜アンフィシアターの1stライブ(THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS 1stLIVE WONDERFUL M@GIC!!)です。そのときに聴いた“Romantic Now”――赤城みりあの曲で、イノタクさんの曲でもありますが(笑)、現場で見てかなりの衝撃を受けました。黒沢ともよさんのパフォーマンスが素晴らしかったのはもちろん、そこで楽曲を初めて聴いて、会場の盛り上がりや一体感を目の当たりにして、その衝撃が冷めやらず、イノタクさんにTwitterでリプライを送って(笑)、そこから仲良くさせていただいています。あのときの興奮は、今でも覚えていますね。

――10周年記念ベストアルバムに収録された新曲“EVERLASTING”は10周年記念楽曲ということですが、どんな思いで制作に臨まれたのでしょうか。

田中:10年という長きにわたって『シンデレラガールズ』が続いてきたのは、ひとえにファンの皆さんや我々も含む制作陣、そしてキャストの皆さんが積み重ねてきたものがあるからだと思っています。ひとつひとつ、皆さんが積み上げてきたものの重さを、10周年の節目に滝澤俊輔さん、睦月周平さんとともに作曲という立場で関わらせていただけることはすごく光栄でしたし、同時に重みへのプレッシャーもヒシヒシと感じながら、ふさわしい楽曲を作らねば、という思いで作りました。

――今回の特集では滝澤さんにもお話を伺うので、田中さんからメッセージをお願いしたいです。

田中:こういうとき、チョケてしまいたい気持ちもあるんですけど(笑)、ちょっと真面目にメッセージを残しますと、“EVERLASTING”の楽曲制作で滝澤さん、睦月さんと3人で何度も集まって楽曲を作ったんです。タッキーの家に、よく集まってたんですよね。なので、「お邪魔しました」ということと(笑)、制作中はほんとにお世話になってありがとうございましたという気持ちがあります。あとは、“EVERMORE”を作ったときにタッキーに伝えたことでもあるんですけれども――僕らが『シンデレラガールズ』にできることって、僕らが思うよい音楽、美しいと思う音楽を精一杯作ることでしかないと思うんですね。だから、これからも楽曲を頑張って作っていきましょうと、心から伝えたいです。

――ありがとうございます。滝澤さんからは、田中さんへの回答をもらおうと思います(笑)。

田中:楽しみにしています(笑)。

――これから、『シンデレラガールズ』の楽曲作りで田中さんがトライしてみたいことは何ですか?

田中:これはけっこう明確にあって、作詞にも挑戦してみたいです。タッキーも、作詞に挑戦しているんですよね。自分もイノタクさんのように、自分で作詞から作曲まで同時にやることで、音楽的な強度を増すことに挑戦してみたいと思っています。

――『シンデレラガールズ』は、作曲家としての田中さん自身にどんな影響を与えたプロジェクトですか。

田中:キャリアの初期から今に至るまで、『シンデレラガールズ』とともに自分も作曲家としてのキャリアを積み重ねてきたので、その経験を通じて得られてきたものは計り知れないです。作曲家として今の自分があるのは『シンデレラガールズ』があったから、と言っても過言ではないと思っています。

取材・文=清水大輔