「話を簡単にしよう」「効率化しよう」という風潮に一石を投じる! 簡単じゃない世の中を複雑なまま解きほぐす、“複雑化”のすすめ

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公開日:2022/1/28

複雑化の教育論
『複雑化の教育論』(内田樹/東洋館出版社)

「話を簡単にしよう」
「組織を合理化・効率化しよう」

 今の日本社会では、複雑な事象を単純化することが良しとされている。私たちも日常的に、「要するに、どういうこと?」「で、どうすればいいの?」と、一足飛びに結論を求めてしまってはいないだろうか。

 そんな風潮に一石を投じるのが、思想家・武道家の内田樹さんだ。『複雑化の教育論』(東洋館出版社)は、タイトルどおり“複雑化”をキーワードにした教育書。教育関係者を対象に、3回にわたって行った講演を書籍化した1冊となっている。

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 複雑な現実を、簡単な話として片付けようとしたり、型にはめて考えようとしたりすれば無理が生じる。それは、子どもの成長過程においても同じこと。子どもの成長は、身体が大きくなったり、語彙が増えたり、活動範囲が広がったりといった“量的増大”として捉えられることが多い。しかし、内田さんは「成熟とは“複雑化”すること」だと考えている。これまで見たことのない表情を浮かべる。聞いたことのない語彙を用いて語り始める。これまでしたことのないふるまいをする。それまでの自分に新たな要素が加わることで、子どもたちの人格は厚みや奥行きを増していく。こうして、一筋縄では捉えられない人になっていくことこそ“複雑化”、つまり人間として成熟するということ。大人は、子どもたちが複雑な生き物になるよう支援すべきだと内田さんは述べている。

 とはいえ、現在の学校には子どもたちの複雑化を支援する仕組みがない。複雑化を測る“ものさし”も存在しない。そのため、子どもたちは「お前はこういうヤツ」と周囲にあてがわれたキャラ設定どおりにふるまったり、「ヤンキー」のようなできあいの型に収まろうとしたりする。そうではなく、自分自身をゆっくり見つめ、ひと言で簡単に言い表せない人間になることが成熟につながるというのだ。

 本書で語られる考え方は、けして「こうすれば子どもが賢くなる!」という即時的な効果をもたらすものではない。むしろ、そうやって物事をシンプルにしようとする傾向に一石を投じる教育論だ。教育関係者を対象としてはいるが、本書を手に取るべきは教員に限らない。さらに言えば、子どもを育てる親だけのものでもない。社会を構成するすべての人が、学ぶべき姿勢がここにある。

 これからの日本はますます人口が減少し、経済成長も見込めなくなっていくだろう。前例のない社会で、答えの出ない課題に向き合わなければならない。こうした中で、私たちはどのように思索を深めていくべきか。どのように成熟した社会を作っていくべきか。こうした問いに立ち向かう姿勢、武道の呼吸のようなものの一端に触れることができる。

 この本は、東洋館出版社の新シリーズ「越境する教育」の第1弾だという。公式サイトには〈いくつもの問いを手に、教育に思いを巡らす。「つなぐ、ほどく、ひらく」を合言葉に、分からなさをたのしみ、しなやかに考えるための目印となる一冊を編んでいきます〉とある。複雑な世界に向き合い、より良い未来のために何ができるのか。社会を構成する一人ひとりが、考えを深める一助となるシリーズが期待できそうだ。

文=野本由起

■複雑化の教育論
https://bit.ly/3u4SPfs