自由な発想に基づく読書術。栄養ドリンクのような「すぐに効く読書」よりも「じわじわ効いてくる読書」とは?
更新日:2022/2/21
読書の大切さを説いたライフハックやビジネス本は数多くあるが、ブロガー/作家で、「元・日本一有名なニート」ことpha氏の『人生の土台となる読書』(ダイヤモンド社)は、そうした実用書とは前提が異なる本だ。巷にはpha氏言うところの「すぐに効く読書」が溢れているが、それらはその場しのぎの栄養ドリンクのようなもの。読後には瞬間的に前向きになれるが、効果が薄れるのも早い。そう著者は言う。
そして、著者は「すぐに効く読書」に「ゆっくり効く読書」を対置させ、推奨してゆく。「すぐに効く読書」が、既に自分が知っている枠組みの中で役に立つものだとしたら、「ゆっくり効く読書」は、その枠組み自体を揺さぶってくれるものだ、と言う。
筆者の胸に最も響いたのは、敗者の言葉に耳を傾けることの重要性についてだ。テレビやネットでは、勝者や成功者の劇的で目覚しい活躍ぶりにばかり目が向けられる。だが、誰もが彼ら/彼女らを真似て、成功や勝利を掴み取るわけではない。そして著者は、むしろ、何度も失敗しているダメ人間の本を読むほうが参考になると説く。
例えば、漫画家の吾妻ひでお氏。SFマンガのニューウェーブ御三家のひとりとして、一世を風靡した彼だが、アル中でうつ病で失踪癖があり、ホームレス同然の暮らしをしていたこともあった。『失踪日記』(イースト・プレス)や『失踪日記2 アル中病棟』(イースト・プレス)を読むと、こんな波瀾万丈な生き方もアリなんだと、少しだが気が楽になる。
あるいは、極度のアル中で隔離病棟に入れられ、大麻の栽培と使用で捕まったこともある作家・中島らも氏。彼がアル中だった頃の話は『今夜、すべてのバーで』(講談社)という名著で読むことができる。これまた、ダメ人間を正面から描いた小説で、鬱屈しているのは自分だけじゃないと感じ入る読者もいるだろう。
『人生の土台となる読書』の多くは、情報や思考のインプットについて紙幅が割かれているが、それだけだと気詰まりを起こすはず。ブログや日記を書くなど、適度なアウトプットが大切だろう。そこで参考になるのが作家/比較文学者の小谷野敦氏の『私小説のすすめ』(平凡社)である。
何を書いたらいいか分からないと思う読者に、小谷野氏は、自分のことを包み隠さず赤裸々に綴ってみてはどうか? と提言する。つまり私小説である。小谷野氏は実際に私小説を書いて芥川賞候補にもなっており、無頼派の西村賢太氏らと並び、私小説再評価の一端を担っている。そんな小谷野氏の言葉には有無を言わせぬ説得力と重みがある。
ダメならダメでもいい。自分のダメさ加減を私小説として書けばいい。私小説は特別な才能がなくても書けるし、身辺雑記と限りなくイコールである。そう小谷野氏は言う。失敗すれば失敗しただけ、執筆上のネタが増えるわけだ。こうした発想の転換は本書に幾度となく提示されているもの。読み終わってすぐに使えるようなノウハウ本ではないが、まさに「人生の土台」を作ってくれる本である。
文=土佐有明