英国の名門・リバプールFCと講談社がタッグ。意外なパートナーシップが生み出す、新たな歴史
更新日:2022/1/27
2021年6月、出版界、そしてスポーツビジネス界に驚きが広がった。日本を代表する大手出版社である講談社と、日本代表の南野拓実が所属する、サッカー界の最高峰イングランド・プレミアリーグ屈指のビッグクラブ、リバプールFCのオフィシャル・グローバル・パートナーシップ契約締結である。日本のメディア企業とイギリスの名門サッカークラブのコラボレーション、しかも単なるスポンサーシップとは違う形でのパートナーシップを、意外に感じた人も多いだろう。
リバプールのホームスタジアムであるアンフィールドに講談社のコーナーを設置、漫画作品でのコラボ、リバプールが展開するCSRプログラムの一環として立ち上げられた「Creative Works」に始まり、講談社が掲げる「Inspire Impossible Stories」のアンバサダーとして南野拓実と契約を締結。人気サッカー漫画『DAYS』『青のミブロ』の作者・安田剛士氏による、「マンガ家を目指す日本人の少年と、サッカー選手を目指すイギリス人少年の友情」を描いた描き下ろし漫画『inspiRED』が英語版・日本語版で同時リリースされるなど、今後の広がりが楽しみなプロジェクトである。
リバプールと講談社のパートナーシップにはどんな背景があり、お互い何に共鳴してタッグを組むことになったのか。講談社でブランディングを担当するコーポレート企画部の佐々木啓予、神谷明子の両氏に、今回のパートナーシップの裏側を語ってもらった。
(取材・文=小川智宏)
――日本の出版社とプレミアリーグの名門クラブのパートナーシップというのはとても意外なのですが、どのような背景があってこの契約締結に至ったのでしょうか?
神谷:講談社として昨年4月に新しいブランドパーパスInspire Impossible Storiesとロゴを展開していく宣言をしたのですが、そのために数年前から社内でさまざまな準備を行っていました。その過程で、LFCとのご縁が生まれたのですが、発端からお話すると、私がもともと(リバプールFCの)ユルゲン・クロップ監督を尊敬していたんです。特別サッカー好きというわけではないのですが(笑)、クロップ監督のお話が素晴らしいので、『クーリエ・ジャポン』の編集部にいたときに取材したいと思って、たまたま海外研修に行ったときに知り合ったフェンウェイ・スポーツ・グループ(以下FSG、リバプールFCの親会社)の方に連絡を取ったんですね。それで話をしている中で、リバプールFCと講談社に似ている部分を感じたんです。
――それはどのような部分ですか?
神谷:長い歴史の中で、彼らも文化を作っていて、私たちも文化を作っているというところですね。結局監督の取材はできなかったんですけど、そういう話をしているうちに何か一緒にやりたいね、という話になっていきました。もちろんそこから先は会社としての判断というところはあるのですが、最初はクロップ監督の言葉に触発されて、ですね。
――神谷さんはリバプールFCというクラブのどういうところに面白さを感じたんですか?
神谷:リバプールってサッカーだけじゃなく、ピッチ外の活動にもすごく力を入れていて。講談社が参加している「Creative Works」もそうですけど、ファウンデーション(財団)を持っていて、地域にどう貢献していくか、どういうメッセージを届けるかというところに、チームのポジティブなイメージを使っているところが魅力的だと思いました。文化を作っている意識、人を育てているという意識もありますし、そこに共感できましたね。
――とはいえ、まったく畑は違うわけじゃないですか。イングランドのサッカークラブと組むということに対して、講談社内ではどんな議論があったんでしょうか?
神谷:そこが講談社の好きなところなんですけど、普通だったらまずダメな理由を探すところを、「それ面白いね」って身を乗り出す役員がいるんですね。「面白そう」と思ったら、まず話を聞いてくれる。もちろんいろいろな意見はありましたけど、「面白そう」という意見が多かったですね。あとは、リバプールでは財団を持っていろいろな社会貢献活動をしているんですけど、講談社でも「本とあそぼう 全国訪問おはなし隊」という、読み聞かせをして地域を回る取り組みを続けていて。そういう部分でも学べる部分があるんじゃないかというのはありました。
リバプール側も講談社の「Inspire Impossible Stories」というパーパスに非常に共感してくれていて。このパーパスには、作る人、伝える人、読む人など物語に関わる世界中のすべての人たちをインスパイアして、ありえない、見たこともない物語を生み出し続ける企業であろうとする講談社の決意がこめられているんですが、彼らもまさにそういうストーリーをたくさん紡いできたチームなので、そのメッセージがリバプールを通して届いていけばいいなと思っています。
――ストーリーという意味では、リバプールFCの創設は1892年。講談社以上に長い歴史を持ったクラブですからね。
神谷:しかも、彼らは歴史をすごく大事にしていて。現地に行くとOBのレジェンドたちがいろいろな活動をしていているんですが、クラブの方に「OBの出番が多いんだね」みたいな話をしたら、「みんながそれぞれ歴史を作ってきているんだ、彼らは歴史の一部なんだよ」って言うんです。チームに1年在籍しただけでも、それはもちろん歴史の一部だし、そういう人たちを大事にしているんですよね。彼らが人前に出て、誰かにありがとうって言われたりすることは彼らの人生においても大事なことだから、そういう機会を作るんだ、みたいな話を、若いスタッフもしていたりする。そういう思いが重なって129年の歴史になっているんですよね。講談社も著者、作家さんを大事にしながら112年の歴史を紡いできたので、そういうところも似ているなと思います。
――まさしく歴史の上に立っているということですよね。
神谷:そう。だから革新的なんだけど、大事なものは絶対に忘れない。地元の人の気持ちも忘れないという。
――なるほど。国際的なブランディングという部分でいうと、リバプールから出されたプレスリリースを見ていて面白いなと思ったのが、そこで挙げられていた作品が『進撃の巨人』と『AKIRA』と『美少女戦士セーラームーン』で。そういう見え方なんだなっていうのは興味深かったんですが、海外での講談社のコンテンツの受け入れられ方みたいなところに対しては、今回の提携はどのようにポジティブに作用していくとお考えですか?
神谷:それはまた次の段階なのかなと思っています。もちろん作品を読むきっかけになったらいいですけど、現在イギリスの漫画市場はハイペースで伸びているとはいえ、MANGAを読んだこともない、読み方すら知らない、という人もまだまだたくさんいる、という状況なので。
――マッチデープログラムに講談社のページができたり、ホームスタジアムのアンフィールドにも講談社のコーナーがあったりと、取り組みが進んでいるそうですが、そういうものに対する手応えはいかがですか?
神谷:はい。実はまだコーナーは作成中なんですけれども、いっぱい話をしながらやっていて。私達がリバプールに対して敬意を示すと、向こうもどんどん乗ってくるんですよ。ちょうど昨日もそのミーティングをしてたんですけど……アンフィールドのデザインを全部やっている、リバプールのガチファンのおじさんがいるんですね(笑)。
――「ガチファンのおじさん」(笑)。
神谷:そのおじさんがもうあらゆることを考えていて。たとえばアウェイチームのロッカールームを出たところに「レジェンド・オブ・リバプール」っていう壁を作って、すごくインパクトがあるんですけど、これはもうその相手チームの人たちが試合に出ていく前に「お前らすごい場所に来てるんだぞ」というのを感じさせるためだったりするんです。そうやってすべてをデザインしている方がいて。すごく忙しい人なんだけど彼は「この仕事は僕にとって一番大事なものだ」って言うんです。彼もやっぱりアンフィールドという場所や、そこでやることに対しては敬意を持っていて、そういう思いがあるからこそ地元の人も反応してくれる。単純にこっちが商品を売り込みますっていう姿勢だと、そっぽを向かれてしまうんです。でも「あなたたちに興味があって、あなたたちのことが好きなんです」って表現すると、すごく反応が返ってくるんですね。
――それをちゃんと伝えることが重要だと。
神谷:そうですね。だからたとえばマッチデープログラムのページも、今は「Inspire Impossible Stories」のメッセージと講談社のロゴを見せているだけなんですけど、今後そこをファンの人たちがインスパイアされたストーリーを発表する場所として提供したりして、ファンとの繋がりに使っていけたら面白いんじゃないかっていう話もしていて。そういう意見はすごく喜んでくれますね。
――そもそも、講談社としての海外展開、海外でのブランディングというところでは、これまでどのような課題感をお持ちだったんですか?
佐々木:日本の出版社でブランディングを意識して海外に行くことは、おそらくほとんどされていない中で、なぜそれをしようと思ったかというと、海外で日本のコンテンツはとてもよく売れているんですけど、社名と結びついていない、そもそも社名がほとんど知られていない現状があったからなんです。そうした、いわば点で読まれている状態のコンテンツを講談社という社名に乗せていけば、まだ知られていない講談社発のコンテンツを世界中の人にもっと知ってもらいやすくなるし、企業としてもサスティナブルにずっと続けていけるんじゃないか、そのためには、コーポレートとしてのブランディングにきっちりと取り組んでいくことが必須なのではないかと。加えて講談社はもともと海外にグループ会社があって、そちらに目が向いている歴史はあったので、それがバックボーンになっていて今に至っています。
――ブランディング視点で見た時に、リバプールFCとパートナーシップを結んで展開していくことの面白さ、よさというのはどういう部分にありますか?
佐々木:言語の壁もあって、一般的にはまだまだ遠いものではあると思うんです。日本とイギリスというのもそうですし、サッカーファンじゃない人もいますし。ただブランディングというのはすごく時間がかかることで、遠い点からわたしたちの持っている点を結び付けて線にし、線を面に広げることが非常に重要で、そのためにいろんなところから来てもらう、あるいは繋げてもらうということの面白さという意味では、世界に7億人とも言われるリバプールのファンの前にロゴが出たり、私たちで新しく作ったパーパスである「Inspire Impossible Stories」を知ってもらうのは、壮大な取り組みですけど、非常に取り組む意義があり、価値があることだと思っています。
――取り組みとして現在動き出しているのが、先ほどお話にも出た「Creative Works」というプロジェクトですが、これはどういうものなのでしょうか?
神谷:この間実際にプログラムを実施している高校に行ってきたんですけれども、そこはジョン・レノンが通っていた高校で、ぱっと見た感じはすごく立派な学校なんです。でもほとんどの子は大学に行かないで働くそうなんですね。リバプールってイギリスの中でも貧困問題が深刻な街で、3人に1人の子どもは平均以下の生活を送っているという現実があるんです。そういう中で、高校生にクリエイティブな仕事について学んで、実際に体験してもらうプログラムが「Creative Works」です。プログラムに参加した高校生は地元の企業でインターンもできるようになっていて、そうした体験を通して自分たちにはもっともっと可能性があるんだと気づいてもらいたい。それが目的ですね。
――すごく社会的な意義のあるプロジェクトですね。
神谷:はい。もちろんオペレーションはすべてリバプール側で、講談社としてはそこに対してアイディアを出したりしているところなんですけど、この前現地に行ったら、ひとりすごく漫画が好きな男の子がいたんです。その子は「講談社だからこれに応募したんだ」っていう話をしてくれて嬉しかったですね。浮世絵が好きで日本の文化に興味を持ったと話す女の子もいました。ゲームが好きで、その仕事がしたいという子もいたり。インターンの受け入れ側のゲーム会社にも行ったんですけど、その会社の方も地元にちゃんと雇用を生みたいという話をしてくださいました。リバプールとしても、クリエイティブの分野でそうしたプログラムをやるのが初めてなので、彼らも学びながらやっている感じですね。
――なるほど。それにしても、サッカークラブがそういうことをやっているのが驚きですね。
神谷:イギリス自体がチャリティの多い国ではあるので、そのベースもあると思うんですけど、財団の人が言っていたのは、サッカーというのは明るい、ポジティブなものだからと。リバプールでも「境界線」にいる子も多いそうなんです。どっちに転ぶかギリギリの線にいる子を支援してあげるよっていうと背を向けられてしまうから、サッカーを使って、こっちだよってガイドすることで、彼らが落ちる側に行かないようにするんだと。そこも共感したところで、講談社もいろんな作品を作ってきて、それがもしかしたらいろいろな人たちを暗いところから救い出してきているのかもしれないですよね。やっぱり、本との出会いで人生が変わることもあると思うので。
佐々木:リバプールはサッカー、講談社は物語の力を信じていて、出版活動を通して社会文化の向上を図るというミッションから考えるとすごく一致しているし、お互いにノウハウを学んでいるというところですね。いい相手と出会えたなと思っています。そういうやり方もあるんだって学ぶことは多いですね。
――なるほど。最初は本当に異色の組み合わせだなって感じたんですけれども、お話を伺えば伺うほど――。
神谷:ベストパートナー、ですね(笑)。
――ですね。でも、そういう根付き方も含めて、イギリスにおけるサッカーというのは本当に特別な文化なんだなあと改めて思います。
神谷:リバプールタクシーに乗ると必ず「レッド・オア・ブルー?」って聞かれるんですよ。
――「リバプールとエバートン、どっちのファンなんだ?」ということですね。
神谷:そう、そこがはっきり分かれていて。家でゴミを出すときに、行政から提供されたゴミ箱で出すんですけど、それが赤と青だったんです。それで揉め事になったらしくて(笑)。混ぜて紫色のゴミ箱にしたらしいんです。
――すごい。
神谷:でもエバートンとリバプールが一緒に、紫のバスでフードバンクとかをやっていたりするんですよ。そういうのも面白いんです。ライバルなんだけど、そういうところでは手を組む。いちいちそういう、サッカーにまつわる物語があるんですよ。どんなものにも。そういう文化を作っていくには時間がかかるということを知っているのが大事だなと思います。小さなことを大事にしていくことが滲み出て、ブランド力になっていくんだろうなって思っています。
――今後はどのような取り組みを考えていますか?
神谷:もちろん漫画とのコラボみたいな、漫画を知らないイギリスの人たちにこんな面白い文化があるよって伝えていくことも考えていますし、いろいろと準備をしています。
佐々木:コロナの状況次第ではあるのですが、現地だけでなく日本の子どもたちにも、リアルで、あるいはオンラインで、彼らのメッセージが直接届けられるような取り組みもしたいと考えています。双方向になることで、お互いのメリットとなり、さらには日英両方で社会に貢献できるパートナーシップになることを目指したいと思います。