「銀牙」シリーズの高橋よしひろが語る、犬マンガの原点と不変のテーマ

マンガ

公開日:2022/3/11

高橋よしひろ

 1983年に連載がスタートし、一躍人気マンガとなった『銀牙-流れ星 銀-』。本作はマンガ家・高橋よしひろの存在を世に知らしめるきっかけになった作品であり、テレビアニメ化やミュージカル作品の上演など、メディアミックス展開もされた。

 以降、高橋さんは「銀牙」シリーズを次々と発表。『銀牙伝説WEED』『銀牙伝説WEEDオリオン』『銀牙伝説 赤目』『銀牙~THE LAST WARS~』と続き、現在は最新作の『銀牙伝説ノア』が連載中だ。

『銀牙伝説WEED』(日本文芸社)
『銀牙伝説WEED』(日本文芸社)

『銀牙伝説ノア』(日本文芸社)
『銀牙伝説ノア』(日本文芸社)

 これらの作品の主人公となるのは、犬。そう、高橋さんは日本における「犬マンガ」の第一人者であり、海外にもファンが多いという。

 そんな高橋さんは2021年に画業50周年を迎えた。ひとつのことを50年間続ける。それは決して容易なことではない。しかも、高橋さんのようなクリエイティブな職業であれば、常に生みの苦しみが付きまとい、ときには投げ出したくなる瞬間もあったのではないだろうか。

 マンガ家として50年、最前線を走ってきた高橋さん。いまなにを思うのか、その胸中にあるものをお聞きした。

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■「自分には無理かもしれない」と思った瞬間もあった

――画業50周年を迎えたことについて、率直にどんなお気持ちですか?

高橋よしひろさん(以下、高橋):いやぁ、我ながらよくやったよね(笑)。本当にそう思う。でもね、上京してから、みんながやさしくしてくれて。アシスタントをさせてもらっていた本宮(ひろ志)先生も、出版社の人たちも。本宮先生なんて、ぼくに「お前は外でやる人間だから、独立しろ」って言ってくれて。マンガ家を目指す人のなかにはアシスタントで終わってしまう人もいる。それでも本宮先生は、ぼくを認めてくれたんだよね。

――それはうれしいですね。

高橋:ただ、当時は「体の良い断り方だな。他に優秀なアシスタントを入れたいんだろう」って思ってた(笑)。

――それでも本宮先生のおっしゃるように、ひとりのマンガ家として活躍されて、もう50年が経ったわけです。

高橋:そうだね。マンガ家になってから結婚して、子どもも生まれた。でも、プライベートでどんな変化が訪れても、この50年間、寝ているとき以外はずっとストーリーのことばかり考えていた。〆切もあるし、常に緊張感があったな。

――50周年を迎えて、ご家族はどんな反応でしたか?

高橋:田舎に住むきょうだいは盛大に祝ってくれたんだよ。たまたま帰省したら、実家に「50周年おめでとう!」と書かれた大きな垂れ幕がかかっていて。元々、借金があるくらい貧乏な家だったんだ。でもマンガ家として稼げるようになったことで、ぼくが借金をすべて返済して、さらには家も建ててあげた。それもあって、田舎に住むきょうだいたちは応援してくれているのかもしれない。「よしひろがマンガ家になったことで、俺たちもちやほやされるからうれしい」なんて言うんだよ。

――そもそもどうしてマンガ家を目指すようになったのか。高橋さんの原点となるエピソードについてもお聞きしたいです。

高橋:4つ上の兄貴が絵を描くのが得意な人で。貧乏だったからメンコなんて買えなかったんだけど、兄貴はダンボールを丸く切って、そこに絵を描いてメンコを自作していたんだ。で、そこに描いていた絵が上手くてね。それに感化されて、ぼくも遊びの延長で絵を描くようになったんだよね。

――そこから徐々にマンガ家になりたいという気持ちが膨らんでいったわけですね。

高橋:そうだね。小学6年生の頃、先生から「みんな、将来はなにになりたいですか?」って聞かれて。みんなはパイロット、大工、農家なんかを挙げていたけど、そんななかでぼくは「マンガ家になります」って真剣に答えてたよ。

――でも、みんながみんな、夢を叶えられるわけではありません。最終的には夢を叶えられましたが、高橋さんにも挫折しそうになる瞬間はありましたか?

高橋:本宮先生のところでアシスタントをするようになったときには、「あ、自分は無理かも」と思っていたかもしれないね。本宮先生の原稿を見たときに、その筆圧の感覚に「うわ、これはすごいな……」てやられちゃったね。ただ打ちのめされたけど、挫折にはならなかったかな。感化されて、自分の描き方も変わった。でもアシスタントの先輩のなかにも相当上手い人がいて、それと比べるとぼくの絵はなんだかダメなんだ。ずっとそれがコンプレックスだった。

 とはいえ諦めるつもりはなくて、とにかく本宮先生からもアシスタントの先輩からも得られることをどんどん吸収していったね。

高橋よしひろ

■「犬マンガであれば、もっともっといけるはずだ」という思い

――悔しい思いもしつつ、それをバネにしながら腕を磨かれ、結果、マンガ家デビューされます。そして1976年には『白い戦士ヤマト』の連載がスタート。この作品で犬を主人公にしたことで、以降、高橋さんは犬マンガを描かれるようになっていきますが、なぜ犬を主人公に据えようと思ったのですか?

高橋:子どもの頃、石川球太先生が描かれる動物マンガが大好きだったんだ。とにかく面白くて、夢中になって読んでいた。子どもの頃のそんな体験がずっと心の片隅にあって、自分もいざ連載をすることになったときに「動物マンガが描きたい」と自然と思ったんだろうね。

 それと、ぼくが小さい頃から実家で飼っていた犬の存在も大きかった。クロっていう名前の犬でね。親父がしょっちゅう怒る人で、ぼくもよく叱られていた。そうすると泣きながら、必ずクロの側に行くんだ。クロはとにかくやさしくて、ぼくが泣いていると涙をペロペロ舐め取ってくれるんだよ。でも、ぼくがマンガ家になってちょうど連載を始める頃、クロが死んだんだ。物凄く寂しくて、それもあって、犬マンガを描こうと思ったのかもしれない。それからずっと犬マンガを描いているけど、いまでもクロが側にいてくれているような、そんな不思議な感覚があるね。

――高橋さんは犬マンガの第一人者と呼ばれるような存在にまでなりました。なかでも代表作は「銀牙」シリーズです。このシリーズがこんなにも多くの読者の支持を集めるようになった理由について、ご自身ではどう思われていますか?

高橋:う~ん、自分でもよくわかんないんだよね。ただ、犬マンガを止めて、他のジャンルのマンガを描いていた時期もあるの。自分の可能性を模索していた時期だと思うけど。そのとき、「どうして犬マンガを描かないんですか?」「高橋先生の犬マンガが読みたいです」ってファンレターがたくさん届いたんだ。そういう読者の声をいただいて、「やっぱり犬マンガを描こう。犬マンガだったらもっともっといけるはずだ」って確信したね。

――「銀牙」シリーズは犬と強大な敵との戦いが見どころですよね。その一方で、大自然の雄大な描写にも惹かれます。そこはやはり、東北で自然に囲まれながら育った高橋さんの実体験が影響しているようにも感じます。

高橋:そうかもしれないね。アシスタントさんのなかにはもちろん東北出身じゃない人たちもいる。そういう子には東北の山々の写真を見せて、「これが東北の山なんだよ」って教えたりもするんだけど、やっぱり細部のニュアンスが異なってしまう。そういうときはたとえ背景であっても、最後は自分で細かく修正を入れるようにしてるんだ。

――それだけ故郷への思い入れも強いのですね。

高橋:ところがね、30歳くらいまでは「あんなに寒くて貧しくて汚い村には、絶対に帰りたくない」って思った。ただ、年齢を重ねると、鮭みたいに生まれたところへ戻りたくなってしまう。最近はさらにそれを感じてるんだ。

高橋よしひろ

高橋よしひろ

■この先も画業は続けていく。「もうこれしかないから」

――故郷の話でいうと、秋田県横手市にある「横手市増田まんが美術館」の名誉館長にも就任されました。マンガをテーマにした美術館ですよね。そこでの活動やマンガという表現媒体を通して、どんなことを伝えていきたいと思われていますか?

高橋:ぼくが常に言いたいのは、「モラルを守っていこう」ということ。やっぱりぼくら大人がモラルを持たなければ、子どもたちがちゃんと育っていかないと思う。特にぼくは、描いているマンガが愛、正義、勇気なんかをテーマにしているから、モラルの重要性が染み付いちゃったのかもしれない。ただ、ぼくは自分のテーマを追求してきて間違いじゃないと感じてるんだ。

 先日開いたサイン会に、90歳は過ぎていると思われる高齢のおばあちゃんが来てくれて。その人が「あなたのマンガが大好きです。あなたの作品を、全国の子どもたちに読ませたい。そう思えるくらい、あなたのマンガにはすべてが詰まっています」って言ってくれて、その言葉にとても感動したよ。マンガ家冥利に尽きるし、自分のやってきたことは間違っていなかったんだと背中を押してもらえた瞬間だったね。

 他にもね、警察官の方から「先生のマンガから正義を学びました」なんて言われたこともあるんだ。そんな風に、マンガには影響力がある。だからこそ、ぼくは信念を曲げずに描いていかなければいけないと思ってるよ。

高橋よしひろ

高橋よしひろ

高橋よしひろ

高橋よしひろ

――これからもそのように多くの人に影響を与える作品を描き続けていかれるのでしょうね。

高橋:ぼくはね、生まれた時点でマンガ家になる運命(さだめ)を持っていたんだと思う。ぼくにとってマンガを描くという行為は、遊びの延長。もちろん〆切に追われるのはすごくつらいんだけども、それでもストーリーを作って、キャラクターを考えて、脚色から構成まで自分でできるのはとても楽しい。最近特に、マンガ家って物凄く楽しい仕事なんだなって思うようになったよ。

 振り返ってみれば、本宮先生のところでアシスタントをしていたときからそうだったかもしれない。「高橋くん、お茶でも飲んで休憩したら?」なんて言われるんだけど、ぼくはトイレ以外で席を立たなかったんだ。むしろ休憩なんていらないくらい、描くことが楽しかったから。

――まさにマンガ家は天職なのでしょうね。では、50周年を迎えたいま、この先にやってみたいことはありますか?

高橋:犬マンガをずっと描いていたからかもしれないけど、人物が下手になっちゃって(笑)。犬はすぐに描けるのに、人物となると手が止まってしまうんだよ。でも、「銀牙」シリーズの最新作『銀牙伝説ノア』では人間のキャラクターである大輔を掘り下げたくて。具体的には彼の恋愛を描きたい。これは絶対に描かなければいけないと思ってるんだ。ただし、ぼくの作品は子どもたちも楽しみにしてくれているから、変な影響がないように、モラルを守って描いていこうと思ってる。

 そしてきっと、この先もこの仕事は続けていくんだろうな、と。もうこれしかないからね。

取材・文=五十嵐 大

プロフィール
高橋よしひろ
1953年、秋田県生まれ。1972年、『週刊少年ジャンプ』にて『下町弁慶』でデビュー。1976年より『月刊少年ジャンプ』で『白い戦士ヤマト』、1983年より『週刊少年ジャンプ』で「銀牙-流れ星 銀-」を発表。現在、『週刊漫画ゴラク』にて、「銀牙」シリーズ最新作の『銀牙伝説ノア』を連載中。