芥川賞作家・村田沙耶香は「どのように本を読むのか」。独特の感性で綴られる、魅惑の書評集
公開日:2022/1/29
芥川賞作家・村田沙耶香さんのエッセイの特徴は、読者のためにわかりやすい表現を選び、自分の身に起きたこと、感じたことを真摯な言葉で表現していることだ。また、村田さんはデビューしてから少しずつ書評も発表してきた。それがひとつの単行本になったのが『私が食べた本』(村田沙耶香/朝日新聞出版)である。2018年12月に刊行された。
タイトルからもわかるように、著者は読んだ本を咀嚼するような感覚で味わっている。時に本との思い出を、時に小説や作者への熱い思いを文章で紡ぎ、読者は著者のエッセイと似た感覚で読める。
2021年12月、新たな書評とエッセイを加え、本作は文庫化に至った。
著者ならではの文章の読み方、読書によって蘇る思い出、引き出される物象についての思い……村田さんが本について語ると、読者の多くは自然と村田さんが紹介した本を味わいたくて仕方なくなるだろう。私自身、単行本が発売されたとき、読み終えてすぐ『部屋(上下)』(エマ・ドナヒュー:著、土屋京子:訳/講談社)や『ヒーロー!』(白岩玄/河出書房新社)を買いに行き、自分の感想と著者の書評の共通点や違いを探して楽しんだ。
文庫で新たに追加された書評は3本ある。その中の『三の隣は五号室』(長島有/中央公論新社)の書評では、読書が身体にしみこんでいく感覚が言語化されている。
“この本は、読者の眼差しの距離を延ばす。「なんでもない日」と呼んでいた日常の破片の向こう側に広がっている世界へと、感覚が拡張していく”
奇跡はなにげない日常に存在している。それを気づかせてくれる小説が『三の隣は五号室』であると著者は語る。五感が研ぎ澄まされる本を、村田さんは選んでいる。
文庫のもうひとつの見どころは特別エッセイだ。最後に収録された「人間を剥がす生きもの」は、著者のこれまでのエッセイとは一味違っていた。批評性の高い内容だったのだ。
きっかけはある作家と仲良くすることを編集者や他の作家に止められたことだった。著者はそこに「小説家と小説家が仲良くするのは堕落だ」というメッセージが含まれていると感じ、なぜそれが堕落なのかを考察する。一人の友人作家への思いを綴ったエッセイでもあり、著者の小説家論でもある。
2021年は芥川賞受賞作『コンビニ人間』が各国で翻訳されていることも話題になった。村田沙耶香という小説家は今や世界中で注目されている。しかしどのような読書経験が彼女の作家性に影響を与えたのか、村田さんが作家として小説をどうとらえているのかは、まだあまり知られていない。
本作を読んだ後、ストレッチの後に体がほぐれているのを自覚するときと同じような気持ちになった。自分の読書経験を振り返ったり、創作物と向き合うときの考え方を更新したりすることができたのだ。
著者の小説を読んだことがあってもなくても、本作を通して、読者は未知の体験ができる。
文=若林理央