冤罪と戦い続けた教師の記録。ノンフィクションを基にした驚愕のマンガ『でっちあげ』
公開日:2022/1/29
教師になりたい人が、減っている。文部科学省の調査結果によると、2000年度、教員採用倍率は13.3倍だった。しかしその後低下していき、2020年度は3.9倍、小学校は過去最低の2.7倍だった。時折、SNSではハッシュタグ「#教師のバトン」がトレンドになる。押すと先生たちが教育現場の実情を投稿している。
『でっちあげ』(福田ますみ/新潮社)は、実際に起きた冤罪事件を、裁判の内容やインタビューによって詳細まで明らかにしたノンフィクションである。
2003年、「史上最悪の殺人教師」とマスコミに名指しされた教師がいた。彼はある児童を差別し、体罰や自殺強要までしていたというのである。世間はこの教師をバッシングし、市の教育委員会は全国初の「教師によるいじめ」を認定、停職6か月の懲戒処分を言い渡した。その後、児童のPTSDを理由に児童の両親は教師と市を相手取り、民事訴訟を起こした。
しかし裁判は思いがけない方向に進む。教師の差別発言も体罰も自殺強要も、保護者や児童による「でっちあげ」と判明したのだ。
本作を原案とした漫画『でっちあげ』(福田ますみ:原案、田近康平:漫画/新潮社)で特徴的なのは、序盤は児童の母親の視点で、最初の裁判まで話が進むことだ。子を想う母親の姿に、自然と多くの読者が感情移入するだろう。
子どもを愛しいと感じたとき、教師の異常さに不安を覚えたとき、そして子どもが大けがをして我を失ったとき。彼女の表情は大きく変わる。そのため、読者は彼女から見た世界が実際に起きたことだと思えてしまう。
そして、「体罰教師」の全体の顔は母親視点のエピソードでは描かれない。教師の目から上は隠され、口を歪ませるときやせせら笑うときに見せる歯は、得体のしれない恐ろしさを表す。
母親、すなわち保護者=善、教師=悪の構図は、「殺人教師」という報道を信じた人たちが、この事件に対して最初に抱いた印象と近いのではないだろうか。
しかし、1巻後半の裁判でようやく顔全体が明らかになった教師の姿はこれまでの印象を覆すものだった。彼の目は澄んでいて、表情も母親の視点から見たものと異なっていたからだ。性格や内面を人物の表情で表す。これは漫画にしかできない手法だ。
そこから教師の視点の物語が始まる。時は遡り、事実はどうだったのかが明らかになっていくのだ。教師の目を通した母親は、序盤とは別人のようだ。彼女が何を考えているのか、表情から読み取れない。
当事者ではない第三者が、見たり聞いたりした情報を信じ込むことの危険性が、漫画の構成からも伝わってくる。
事件が起きてから教師の冤罪が晴れるまで、10年の歳月を要した。「殺人教師」呼ばわりされ、世間からバッシングされた教師の10年間の苦しみは想像を絶する。漫画で教師がこう話す場面がある。
“今の時代 担任と保護者の関係においては 担任はものを言えません”
時折、SNSで教師の添削したプリントがさらされているのを目にすると、「先生が見たら傷つくかもしれないということを想像してほしいな」と感じることがある。当たり前のことだが、教師もひとりの人間なのだ。
保護者だけではない。この事件に関して言うと、事実よりもセンセーショナルであることを求めたマスコミや、教師の話を信じなかった学校、確たる証拠もないのに処分を言い渡した市も、教師を追いつめたのを忘れてはならない。
再び同じような事件が起きれば、教師になりたい人たちはますます減ってしまう。筆者も学校で働いたことがあるが、多くの学校で教師たちが保護者の顔色をうかがい萎縮している状態は、今も変わらない。教師になりたい人が減れば、教育の質も低下する。
本作は、個々が「未来を変えるために何ができるか」考えるための一助となっている。
文=若林理央