直木賞作家・今村翔吾による明治時代のデスゲームが開幕! 集められた292人が生き残りと賞金を賭け、東京を目指す
公開日:2022/2/15
圧倒的な疾走感で綴られる『イクサガミ 天』(今村翔吾/講談社文庫)は、エンターテインメント性溢れる時代小説だ。
作者の今村翔吾氏は、直木賞受賞作である『塞王の楯』(集英社)という戦国時代を舞台にした、石垣造り職人のドラマチックな激闘を描いた小説を上梓したばかりなのに、もう新作が読めるとは……。
しかも今回の『イクサガミ 天』の舞台は明治時代。描かれるのは「デスゲーム」。個人的に、時代小説もデスゲーム系の映画やマンガも大好きなので、もうこの設定だけでワクワクしてしまう。(しかも著者の筆力には絶大な信頼をおいている……!!)
と言うことで、本作のあらすじをご紹介。
明治11年。各地に配られた謎の新聞に、「武技ニ優レタル者」に「金十万ヲ得ル機会」を与えるという怪文書が掲載された。
病に倒れた妻子を救うため、金が必要となった主人公・嵯峨愁二郎(さが・しゅうじろう)は、不審に思いながらも深夜の京都・天龍寺に出向く。
するとそこにはのっぴきならない事情で金を欲する、292人の猛者が集まっていた。
主催者側の槐(えんじゅ)から、この遊び〈こどく〉について告げられる。
各自に配られる木札を1点とし、その点数を集めながら東海道を辿り、東京を目指せというもの。
すなわちそれは、ここに集まった猛者たちと木札の奪い合い――「殺し合い」が行われることを意味していた。しかも途中で離脱することは許されない。異様な空気に逃げ出す者もいたが、彼らは黒尽くめの男たちに殺されてしまう。参加者たちに動揺と緊張が走る。
――しかしもはや、「遊び」は止まらない。
そして愁二郎は、なんとしても賞金を手に入れなくてはならなかった。
この境内から出るには、2点がいる。最低でも誰か1人から札を奪う必要があり、過去、凄腕の剣客として動乱の幕末を駆け抜けた愁二郎は、再び刃をふるうが……。なんと、参加者の中には幼い少女の姿もあるではないか。彼女もまた家族を救うため〈こどく〉に参加していたのだが、力の差は歴然であり、木札を狙う男たちの格好の餌食になってしまう。
このような状況下で、その少女・双葉の存在はお荷物になってしまうことは明白であったが、愁二郎は彼女を放っておけず、行動を共にすることに。
その後、愁二郎たちは木札を手に入れ境内を無事に通過するも、ここからが本格的な死闘の始まり。以降も、指定された地を通る際に、指定数の木札が必要となる。
愁二郎と双葉の前に立ちはだかるのは、桁違いの強者(つわもの)たち――幾千の声音を使い分ける腹の読めない忍者、「神の子」と称す弓の名手であるアイヌ人、飄々とした底の見えない老人、死闘を楽しむ無法者……さまざまなライバルが、時に同盟を結び、時に剣を交え、東京を目指す。
令和版・山田風太郎「忍法帖」シリーズとも言える本作は、実に多くのキャラクターが登場する。その強者たちは、金のために人をも殺める、言わば「アウトロー」だ。しかし彼らには彼らの正義、信念、想いがあるからこそ、ストーリーが進むにつれ、この物語にハマり込んでいくような感覚になった。
また、幼き日から愁二郎と共に修行をしてきた兄妹たちも〈こどく〉に参加しているのだが、彼(彼女)らは愁二郎への「因縁」を持っており、今後のストーリーにどう関わっていくのかも、読みどころだ。
時代小説に馴染みがなかったり、普段はあまり小説を読まない方にもオススメしたい。本作はまるで映画を観ているかのように情景が浮かび、軽快にストーリーが進む。「読みやすさ」が、他の小説の群を抜いている1作だと感じた。だからと言って時代小説としての深みがないのではなく、歴史的背景がしっかりと作品の中で活かされ、明治時代の空気も感じられるので、ご安心を。
本作は3部作という大長編である。第2部が、今から楽しみで仕方がない。
文=雨野裾