ビジュアルを担ったふたりが振り返る、監督・富野由悠季の創造性――『ブレンパワード』いのまたむつみ×永野護インタビュー
公開日:2022/3/12
心の絆が力となる――。1998年、富野由悠季監督が手掛けたTVシリーズ『ブレンパワード』は、放送当時大きな衝撃を与えた。近未来、地球の海溝に発見された遺跡で発見された生命体をめぐり、人類は分裂。地殻変動により地球の都市が次々と破壊される中、人々は謎の円盤状物質「オーガニック・プレート」から生まれる巨大な生体マシン「ブレンパワード」に乗り、世界の破滅に向けて動き始める――。『機動戦士ガンダム』を手掛けた富野由悠季監督のオリジナル作品にして、脱「ガンダム」を目指した意欲作。さまざまな作品を手掛けてきた富野監督のターニングポイントとなった一作である。
その『ブレンパワード』が、「Blu-ray Revival Box」として3月にリリースされることになった。今回は、『ブレンパワード』Blu-ray Revival Boxの封入特典から、キャラクターデザイン&メカニックデザインを担当した、いのまたむつみさん・永野護さんによる対談の一部を特別にお届けする。
富野監督に「ところで私の絵はご存知なんですか?」って聞いたら、「目がすごく大きいんだよね、僕は苦手なんだ」って(いのまた)
――今日は『ブレンパワード』のことを聞かせてください。
永野 覚えてない。完全に過去の彼方(笑)。僕、過去の作品はもう終わった瞬間全て忘れてしまうんですよ。でも、今日は“むっち”(いのまた氏のこと)がいるから大丈夫だと思って。
いのまた え? 私も、あんまり覚えていないですよ。
――そもそも最初に企画について連絡が来た時のことって覚えていますか?
永野 ああ、そこは覚えてます。連絡なんて来ませんでした。あのピンポーンって玄関がなって「富野です」って。「えっ!」……っていうのは大げさだけど(笑)。電話がかかってきて「今、近くにいるんだけど、迎えに来てほしい」って言うんで、富野(由悠季)さんを迎えに行ったんですよ。
――それで打ち合わせをしたんでしょうか?
永野 いや、富野さんはいつもどおり、自分の話ばっかりでした。その時は「今まで籠っていたけど僕はそれじゃダメだと思う。プロデューサー的なこともしないといけないと思って」って言って。だから、わざわざ永野のところに来たんだ、と。それで新しい企画があるんだけれど一緒にやってくれないかという話になって、最終的に『ブレンパワード』になる企画のラフのラフみたいなものを見せられました。で、そのころ僕はいのまたと、ほぼ毎日やりとりしていた状態だったんで、その話をしたら「じゃあキャラクターはいのまたくんに頼んでもいいかな」って。僕は「それって僕が(いのまた氏に)言うの?」って思いましたけれど。
――いのまたさんはどうでしたか?
いのまた 確か、サンライズのどなたかから「ちょっと来ていただいて、お話を聞いていただけないでしょうか?」って電話がかかってきて、「構いませんよ」とお返事をしたら「富野監督の企画なんですが」と。富野監督とはそれまで接点がなかったし、監督の作品をするような絵柄ともちょっと違うかなと思っていたので、どういう理由かなと思って。それで富野監督と話をすることになったんですが、そこでクリス(永野氏のこと)が言ってくれたおかげなのか「いのまたくんに頼めって言われてね」って言われました。「ところで私の絵はご存知なんですか?」って聞いたら、「目がすごく大きいんだよね、僕は苦手なんだ」って言うんですよ。
永野 なんで、そういうこと言うかね、あの人!(笑)
いのまた 当時、目の大きいキャラクターを描く人って、ほかにもすごくたくさんいたんですよ。その中だと、私はそんなに大きいほうじゃなくて、リアルと大きい目のちょうど中間ぐらいの雰囲気の絵柄で。「いや、監督、監督が言うほど私の絵は目がそんなに大きくないんですよ」って言って、近くにあった雑誌なんかを見せて「ほら! どうですか?」って説明して。そうしたら富野監督も「あれ? そうなの」となって。
永野 (笑)。
いのまた ただ、私は自分の絵の目に力を入れようと思って描いているんですよ。念というか気持ちを込めるつもりで。だから絵柄としては大きくなくても、大きいと思われていたっていうことは――個人の好き嫌いは別として――なにかメッセージが伝わったのかなというふうに思ったんですよ。
永野 最初から(いのまた氏に)決め打ちだったもん。
――いのまたさんはそれで引き受けることにしたわけですね。
いのまた 最初はお断りするつもりだったんですけれど、その理由がなくなってしまったので。それで「じゃあ。お引き受けしますけど、なにを描けばいいですか?」ってお聞きしたら、キャラクターのイメージというよりはやりたい作品のイメージについて、2~3時間ぐらい熱弁を聞かされて。
永野 富野さんは毎回、出だしはすごいんですよ。企画の時はテンションが高くて、毎回そうなんですよ。『ブレンパワード』の時はまた結構な意気込みでした。
いのまた ものすごく熱弁ですよね。間にこちらから差し挟む余地もないぐらい。それを持ち帰って家でメモにしてみて、富野さんの望むものを想像して描いていく感じでしたね。
永野 富野さんは企画のあと、第1話の絵コンテを描いたあたりで、テンションがまったく変わるんですよね。でも、いのまたの時はすごくかわいそうだったよね。
いのまた え、そうなの?
永野 当時、富野さんの自宅とサンライズの中間ぐらいにいのまたの家があったんだよね。
いのまた ああ、そうだった! だから帰り道に富野さんが急にピンポーンって(笑)。
永野 毎日帰り道に、富野さんが「いのまた、原稿あがったか?」って家に寄るんだよね。普通のアニメは設定制作か制作進行が原稿のやりとりをするんだけれど、富野監督が自ら毎日のように(笑)。
いのまた あと、ドアを開けたらそこに差し入れがぶらさがっていたこともあって、なんか申し訳ないなって。たぶん寝てたかなんかで、出られなかったんでしょうね。
永野 すごいよね。
――それはそれでプレッシャーじゃなかったですか?
いのまた いや、私はあんまり気にしなかったんですよ。私もだらしない性格だから。でも、差し入れのことは、申し訳ないなって思ったので、サンライズの誰かに「こんなわけで、申し訳ない気がするんですけど、お礼を言っておいてください」って言付けを頼んだんです。その後、富野監督から「僕は行かないことにしたから」ってお話があったので、「あれ? 社内で叱られるみたいな感じになっちゃったのかな?」と思って、それは「ごめんなさい」って思いました。
――(『ブレンパワード』の)アンチボディは板バネが積層になった構造をしていて、まったく新しいアイデアが投入されています。
永野 と言うか、富野さんが僕に求めているのってそこだけなんで。「お前が持っているアイデアを全部出せ」で終わりだから(笑)。その代わり、僕のデザインには一切口を出さない。一緒に「ガンダム」をやっている時からそうでしたから。そういう駆け引き込みで一緒に仕事をしているわけだから「じゃあ、しょうがねぇな」と。そういう感じですよ。
いのまた でも形も独特だし、ブレンパワードやグランチャーは、乗る人と対になるじゃないですか。競走馬とそれに乗る人みたいな関係があって。ファンタジーだったら「俺の乗るドラゴンはこいつだ」みたいな関係のような雰囲気があって、すごいなと。
永野 富野さんが最初に持ってきた企画書があるんですよ。『ブレンパワード』になる前の企画書が。で僕にやってほしいということは、この企画書を読んで、この中に俺のメカを想定して入れろっていうことなんだけど、それって、その時点で想定しているお話が変わっちゃうってことです。富野さんはそういうのをすべて納得した上で、発注してきているわけです。その上で富野さんが最終的なストーリーを固め直すと。だから企画段階のキャッチボール――昔のサンライズで言うと企画室が絡んでやっていたようなやりとり、本来ならプロデューサーと監督とか、監督と脚本家とかがやるようなことを、僕とやっていたんですよ。それでいろんなことを決めていきました。
キャッチボールしている段階では、『ブレンパワード』というものをどうしていくか富野さんも決めきってはいなかったと思うんです。でも、その後に「ガンダム」の20周年記念作が控えていることはわかっていて、言っちゃえばそっちが“本命”なんだろうというのはわかっているわけです。その代わり、こっちは次に作る作品より自由度の高いものができるということもわかっていたんで、だから“むっち”を誘ったというのもあるし。で、案の定、『ブレンパワード』の企画でキャッチボールした時のアイデアが、結構そのあとでも生きているっぽいんです。でも、そこまでわかって参加しているからね。『(機動戦士ガンダム)逆襲のシャア』の時に、「もうお前も作家だから、これ以上踏み込むと作家同士の戦いになっちゃうから」っていう。そういうのを含めてわかった上で僕は参加した、っていうことです。
いのまた でも作家……って言っていいかわからないんですけど、富野さんはもう随分前から永野さんのこと、作家と思っていると思うんですよ。語彙なくて、作家っていうふうにしか言えないけど、ゼロから創造してくれる人というか、既存のものじゃない、見たこともないようなものを作ってくれる人というか。
「なんで『ガンダム』みたいなのばっかりやって、『ブレンパワード』みたいなものをもっとやらないんだ」って(永野)
――『ブレンパワード』の放送は観たのでしょうか?
永野 僕はすごく薄情なんで『(機動戦士)Zガンダム』以降は、富野作品を観てないんですよ、1話も。最初の情報だけは観るんですけど、それ以降どうなったのか、自分のメカがどういうふうに使われたのかっていうのは一切観ていないので。いのまたは、なんか楽しそうに観てたよね。
いのまた 観てました(笑)。脚本とか絵コンテの時は目を通してもあまりピンときてなかったりするんですけど、その画面で声優さんのお芝居がつくとすごくインパクトがあるんですよね。だから依衣子が花の思い出を語っているのに、勇が「覚えてない」って冷たく言ったシーンは、ちょっと「エッ」ってなるぐらい驚いて、「バカなんだよ、なんでこんなセリフ言うのかな~」って思いながら観てました。
永野 WOWOWを契約してないというのもあったけど、川村(万梨阿・声優、永野氏の妻)が出ているのに観てないんだからね。でもWOWOWの海部(正樹)プロデューサーがすごくちゃんとした熱のある人だって、川村から聞いていたので大丈夫かなと。
いのまた 観ていると、「なんでそうする!」みたいなツッコミ含めておもしろくて。
――『ブレンパワード』に参加したことを振り返っていかがですか?
永野 僕としてはただ一言しかないです。「なんで『ガンダム』みたいなのばっかりやって、『ブレンパワード』みたいなものをもっとやらないんだ」ってことに尽きます。もちろん「ガンダム」を作った以上、俺が決定版の「ガンダム」を出すんじゃいっていう意地もあるだろうとは思うんです。
いのまた 意地っ張りだものね。
永野 でも「ガンダム」以外だと、『戦闘メカ ザブングル』『聖戦士ダンバイン』『重戦機エルガイム』と数は少なくなるけど、結構な影響力を持っている作品が多いんで、その辺にもっと気がつくといいんだけれど、と。だからそういう中で1990年代に『ブレンパワード』ができたことは、良かったんじゃない、と。もうちょっと再放送とかで観てもらえるといいんだけれど。
いのまた 私自身は、最初にお話したとおり、富野監督って接点のない監督さんだと思っていたんですよ。参加することになって、それが富野さんらしい作品だったというのは、おもしろい経験でした。
永野 でも監督、“むっち”のことメチャクチャ気に入っていたからね。
いのまた そうなの? それなら良かったのですが。
いのまた・むつみ/イラストレーター、アニメーター。主な参加作品に小説『宇宙皇子』『ドラゴンクエスト 精霊ルビス伝説』(イラスト)、アニメ『幻夢戦記レダ』『ウインダリア』(キャラクターデザイン)、ゲーム『テイルズ オブ』シリーズ(キャラクターデザイン)などがある。
ながの・まもる/デザイナー、アニメーション監督。主な代表作に漫画『ファイブスター物語』、アニメーション映画『花の詩女 ゴティックメード』(原作・脚本・監督ほか)。主な参加作品にアニメ『重戦機エルガイム』(キャラクターデザイン・メカデザイン)、『機動戦士Zガンダム』(デザインワークス)などがある。