『冬のソナタ』から少女時代、『愛の不時着』、BTS…隆盛を極める韓国エンタメを「社会」と「歴史」で読み解くと?

文芸・カルチャー

更新日:2022/2/4

韓国エンタメはなぜ世界で成功したのか
『韓国エンタメはなぜ世界で成功したのか』(菅野朋子/文藝春秋)

『好きになってはいけない国 韓国J- POP世代が見た日本』(2000年 文藝春秋刊)などの著書で知られるソウル在住のノンフィクション作家・菅野朋子による最新作『韓国エンタメはなぜ世界で成功したのか』(文藝春秋)。エンターテインメントはじめ様々な事象について韓国を取材し続け、かの国の社会情勢にも精通する著者ならではの視点で、文字通り飛ぶ鳥を落とす勢いで世界のエンタメ地図を塗り替えている韓国の大衆文化の現在と、そこに至る紆余曲折の歴史が綴られている。

 とはいえ、本書がK-POPや韓流ドラマの展開のみを追ったものかというと、まったくそうではない。章立てとしては80年代から現在まで、数々のトピックを辿りながら、韓国エンタメが辿ってきた道筋を振り返る構成となっているが、著者の視線はその移り変わりの向こう側にある政治体制やそれに伴う世情の変化へと注がれている。80年代以降政治が変わり、国際関係が変わり、社会情勢が変わり、国民の心情や文化に対する態度が変化していく、その過程の赤裸々なドキュメントとして、本書は読むことができる。

 80年代、奇しくも昨年死去したノ・テウの登場により民主化の風が吹き、海外の文化が一気に流入。97年の経済危機によって文化の海外進出が加速。2002年の日韓W杯を境に日本との関係値が変化し、インターネットの浸透によってポジティブ/ネガティブ両面で抜本的な変化が起き……そんな、国そのものを大きく突き動かす複雑な流れの最中に、『冬のソナタ』も東方神起も少女時代もBIGBANGも、そしてもちろん『愛の不時着』も『パラサイト~半地下の家族~』もBTSもある、言葉を換えればエンタメとはそれ自体のみで存在しているのではなく、あくまで社会の一部、あるいはその表象として浮かび上がってくるものなのだということを、本書は事実の積み重ねによって明らかにしていく。

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 とくに後半は近年韓国芸能界を揺るがしたスキャンダルについて多くのページが割かれているのだが、そうした内容を読むと、急激な変化が生んだ社会の歪みのようなものも窺い知れて、華やかさの裏に潜む暗部もまた深刻なものに「成長」しているのだということがはっきりとわかる。そんな「大きな物語」を読み進めていくに従って読者は、BTSがワールドワイドで成功したことも、ポン・ジュノがアカデミー賞を獲得したことも、Netflixが今や韓国ドラマ一色といっていいような様相を呈していることも、すべてたまたま起きた僥倖などではなく、歴史的必然だったのだ、と実感するのだ。

 そして、その実感は、翻って「現在の日本のエンタメはどうか?」という問題提起にもつながる。本書の最後では、J-POPをはじめとする日本のカルチャーが韓国でどのように受容され、また評価されているかについて語られている。耳が痛い部分もあるし、いやいや負けてないぞと思う部分もある。長期的なビジョンと血を吐くような試行錯誤の上に成り立っている現在の韓国エンタメの隆盛に比したときに、日本のエンタメがどれほどの強度と戦略性をもったものであるのか。韓国エンタメの歴史が国の歴史であるように、著者のその問いかけもまた、日本という国のあり方を質すものなのだと思う。

文=小川智宏