間近で仕事を見てきたアニメーターが明かす、監督・富野由悠季の凄味とは――『ブレンパワード』重田敦司(作画監督)インタビュー

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更新日:2022/2/16

ブレンパワード
『ブレンパワード』 ©サンライズ

 心の絆が力となる――。1998年、富野由悠季監督が手掛けたTVシリーズ『ブレンパワード』は、放送当時大きな衝撃を与えた。近未来、地球の海溝に発見された遺跡で発見された生命体をめぐり、人類は分裂。地殻変動により地球の都市が次々と破壊される中、人々は謎の円盤状物質「オーガニック・プレート」から生まれる巨大な生体マシン「ブレンパワード」に乗り、世界の破滅に向けて動き始める――。『機動戦士ガンダム』を手掛けた富野由悠季監督のオリジナル作品にして、脱「ガンダム」を目指した意欲作。さまざまな作品を手掛けてきた富野監督のターニングポイントとなった一作である。

 その『ブレンパワード』が、「Blu-ray Revival Box」として3月にリリースされることになった。また、2月には富野由悠季監督の軌跡を記録した展覧会「富野由悠季の世界」の映像作品「富野由悠季の世界 ~Film works entrusted to the future~」も発売される。この2作品の発売にあわせて、富野由悠季監督の作品づくりを間近で見てきたスタッフやキャストの方々に、お話を伺った。

 今回、話を聞かせてもらったのは、『ブレンパワード』でアニメーションデザイン・作画監督を手掛けた重田敦司さん。冨野由悠季監督作品に数多く関わってきたアニメーターとして、現場から見た『ブレンパワード』と富野監督の印象を語っていただいた。

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富野アニメこそが、アニメの柱だった

――『ブレンパワード』がBlu-ray Revival Boxとして発売となります。本放送から23年が過ぎましたが、重田さんのかつてのお仕事を多くの人に見ていただける機会になるかと思います。このことについては、どんなお気持ちでしょうか。

重田:当時、放送を観た人も少なくなかったとは思いますが、富野作品の中でも「アクの強い作品」として知られているのかなと思っていたので、どんな人が見るのかな、と楽しみにしています。

――重田さんは『機動戦士Zガンダム』『機動戦士ガンダムΖΖ』『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』にも参加されています。『ブレンパワード』以前の富野監督とのお仕事で、印象的だったことをお聞かせください。

重田:『機動戦士Zガンダム』『機動戦士ガンダムΖΖ』は原画としての関わり方だったので、監督との関わり自体は薄かったのですが、現場でいただいた富野監督の絵コンテは、激しい言葉で注意書きが書かれていて、これが富野監督の絵コンテなのか、と思いました。昨今では、アニメ作品というと「ジャンプ」とか「サンデー」の作品など漫画原作物が主軸だと思われていますが、僕の世代は富野アニメが、アニメの柱だったんです。そういう作品に関わることができるのは嬉しいことでした。

『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』は、作画監督補佐のようなかたちで関わらせていただいたんですが、監督と直接やり取りすることはなかったんです。でも、富野さんのチェックを経た原画の修正指示が勉強になり印象に残っています。あとは『機動戦士Vガンダム』も少しだけ関わっていましたが、別作品への参加のため途中で抜けました。色々悲惨なシーンのある作品で抵抗もありましたが、響く部分も多く、人に最終回のあらすじを話しているうちに泣けてきたりもしました。

――重田さんの『ブレンパワード』は当初、映画の企画だったと言われています。重田さんは、どの段階から企画に参画されていたのでしょうか。

重田:僕が参加することになったときは、TVシリーズのかたちになっていました。劇場版の企画書も見たのですが、あくまで参考にというかたちで。その時点で永野護さん、いのまたむつみさんのデザインで行くことが決まっていました。永野さんはもともとアニメーターでもあったんですが、その時点ではイラストレーター、マンガ家としての活動が中心になっていらしたので、永野さんといのまたさんのデザインを僕がアニメーション用のデザインを取りまとめることになりました。

――重田さんは『ブレンパワード』にアニメーションデザインとして参加されています。いのまたさんのキャラクターのデザインにはどんな印象をお持ちでしたか。また、アニメーション用のデザインができるまでには、どんな試行錯誤があったのでしょうか。

重田:もともといのまたさんの絵も永野さんの絵も好きだったので、デザインができて嬉しかったです。いのまたさんのキャラクターはかわいくて良いなと。「富野さんが考えるリアルなキャラクター」とはちょっと違うのですが、富野さんはいのまたさんの絵の魅力をしっかりと理解されていて、その独特なラインをアニメで出したいとおっしゃっていました。ただし「目は小さくするように」と。

僕は、いのまたさんの絵は目が大きいところが魅力なんじゃないかなと思っていたのですが、富野さんの指示にしたがってアニメでは目を小さくして、そのバランスを取るために口を大きくする必要もあるのでは?などと考えていました。とはいえ、設定作業開始前にいただいたキャラのラフ稿が、未確認ですがファクシミリで絵が送られて来たみたいで、スタジオのコピー機の調子も悪く、線が潰れてしまって、細かいところまではなかなか読み取ることができないものでした。一話のレイアウトチェック終了後に宇都宮比瑪(『ブレンパワード』のヒロイン)の顔のアップ設定が新たに届いたりして。慌てて設定を描き直したこともありました。

――永野さんのメカデザイン、アンチボディ、ブレンパワードについてはどんな印象がありましたか。

重田:永野さんのデザインは、アンチボディが板バネの集合体ということもあり、線画が多く、また省略しづらいものでした。アニメ用設定というものは、作画しやすさとか動かしやすさとかで線を減らさなければという思い込みがあり、無理やりな線の減らし方をしてしまったかもしれません。減らした線画だと画力の無さなどから大味な表現にもなり、反省して後期のネリーブレンなどは線をあまり減らさないようにしています。また、当初はメカの色が決まってから、色に合わせて線の量を調整しようと思ってもいたんですが、時間的に無理でした。

ブレンパワード

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それまでのロボットアニメと一線を画す作品を目指して

――『ブレンパワード』の世界観は近未来、海底に巨大遺跡があり、プレートから巨大人型兵器が現れるという、かなり独特な世界観になっています。一部のスタッフは「機動戦士ガンダム」シリーズとは違う、新しい表現を追求されている方もいらしたようですが、重田さんはどのような思いで作業を進められていたのでしょうか。

重田:「ガンダム」シリーズとはシナリオの雰囲気が違うし、それまでのロボットアニメとは違う感じにしよう、という部分はあったと思います。そもそも永野さんのブレンパワードのデザインが特徴的で、足の先が大きくて、ヒザからスネが長く、肩が出っ張っているし、そういう体型を生かしたポーズを出したいと思っていました。飛行する時のアイデアで僕が考えたのは、足を重りのようにして振り回して飛行するというものでした。空中で前転するとか。その案を提出したかどうかを覚えていませんが、特徴的なものにしようと思っていました。キャラクターも……それは『Vガンダム』など以前の作品から変わらないことでもあったんですけど、過剰な動きをしないようにしていました。

――シンプルで自然な芝居を目指していた、ということでしょうか。

重田:まあ、自然と言っても、富野監督の絵コンテでかなり変わったポーズをしていて、そのポーズに意味を持たせているので、そこは変えられないところではあったんですけどね。富野監督の作品は、変わったポーズをしているんですが、そこには理由があるんです。たとえば『∀ガンダム』のオープニング映像でキャラが手をひろげてるポーズにも色々意味を込めていたり。オープニングといえば最後のカットで、∀ガンダムが動きの途中のポーズで止まるんですが、「なぜあのポーズにしたの? もっとキメたポーズにしたら良いのに」と言われたことがあるんです。でも、あれは富野監督の指示だったんですね。あえて「走り出す途中のポーズ」にしているんです。そうやって、動きを感じさせるようにしている。『ブレンパワード』のときも、「アニメーターの描きやすいだけのカッコいいポーズにしちゃダメだ」という指示がありました。

――重田さんは作画監督(第1話、第3話、第9話、第14話、第18話、原画第22話/作画監督は瀬尾康博さん、第26話最終話)として参加されています。

重田:作品としては親子関係を描いていたんですが、現場ではなかなか掴めないまま、次の話数をどんどんこなしていった感じがありました。キャラに関してどちらかというとかわいめのキャラである伊佐未勇や比瑪などは、描きやすかったです。あと、意外に父親の伊佐未研作は描きやすかったですね。それから、僕は昔からシャア・アズナブルみたいな二枚目を描くのが大の苦手だったのですが、ジョナサン・グレーンは楽ではないですけど二枚目っぽい風貌のわりに、描くのは面白かったですね。僕は、メカもキャラクターもかわいく描いてしまうんです。百式(『機動戦士Zガンダム』に登場するモビルスーツ)とか、りりしいはずのメカでもなんとなくかわいくなってしまいます。かわいいキャラの方が僕には合っているなと思っていました。

――『ブレンパワード』本編でアンチボディを描くことはあったのでしょうか。

重田:ふだんから作画監督をする時、キャラだけでメカを他の人に任せるというやり方をしないので、この作品もメカもやることになってました。『ブレンパワード』のメカはグランチャー(『ブレンパワード』の敵メカ)を描くのが難しかったですね。頭が前後に大きくて、横から描くのは難しくないんですけど、縦から描くと別物のメカに見えてしまうんです。

――印象に残っているカットはありますか。

重田:カットではないですが第26話(最終話)で思い出すのは 当時制作進行だった若鍋(竜太)くん(現プロデューサー、『銀魂』シリーズなどを手掛ける)が大きな紙にエフェクト用の大量の点々を打っていました。当時はデジタルじゃなかったので、点々をひとつずつ描くか穴を開けるかしなきゃいけなかったんです。『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』のときも、打ち合わせに来たら制作の人たちがやっぱり点々を大量にずーっと打っているのを見かけたことがあって、いつの時代もアニメって大変だなぁなどと思っていました。

ブレンパワード

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富野監督が評価を受けることは、当然のこと

――『ブレンパワード』は親子関係を描きながら、複数の組織の人間関係が交錯する壮大なドラマになっていました。重田さんは難解さを感じませんでしたか?

重田:正直、混乱したこともありました。もちろんわからないところもあるんだけど、一度通して観た後にもう一度頭から観るとわかるところもあると思います。そこは、富野作品の面白いところですよね。

――重田さんはその後も富野監督とごいっしょされています。富野監督作品の面白さとは何でしょうか。

重田:観ていて、どこかに引っかかるところですね。キレイに絵が続いて、すんなり話が流れて何も残らず見終わるというのもいいですけど、いい意味でですがあちこち引っかかりつつ見続けるというか。富野監督がお書きになった本で『アニメを作ることを舐めてはいけない-「G-レコ」で考えた事-』という書籍がありましたけど、そういう人が作っているから、ただのアニメであろうはずはないんですよね。

――2019年から今年まで「富野由悠季の世界」展が日本各地で実施されていました。富野監督の仕事が美術館で展示されることについて、どんな想いがありますか?

重田:ぜひ行きたかったんですけど、コロナ禍で行けなかったんです。来場されている方がどれくらい富野監督作品をご覧になっているのかわからないですけど、アニメファンとは限らない人達も来場する展覧会を開けるというのは、すごいことだなと思います。先日、令和3年度の文化功労者にも富野監督は選ばれていましたが、僕たちの世代から見ると、当然と言いますか……。僕たちの世代は、富野アニメからかなりの部分で影響を受けている人が多いと思うんです。それを、世間の人たちにもわかってもらえたらなと。

――『ブレンパワード』のBlu-ray Revival Boxをご覧になるファンの方へ、どんなところを楽しんでいただきたいと思っていますか?

重田:日本のアニメの大きな柱である富野アニメの歴史のなかで重要なもののひとつになる作品だと思いますし、こうやって発売されるということで、世の中からの需要があるんだなと思えて、嬉しいです。ぜひ、多くの方に見ていただきたいです。

取材・文=志田英邦

重田敦司(しげた・あつし)
アニメーター、キャラクターデザイナー、作画監督。『機動戦士Zガンダム』で初めて原画を手掛け、以来、数多くの冨野由悠季作品でアニメーターを務める。『ブレンパワード』でアニメーションデザイン、作画監督を担当。『∀ガンダム』ではメカニカルデザインを担当した。