第165回直木賞候補作家・砂原浩太朗氏の新作! 政争に翻弄される三兄弟の固い絆を描く『黛家の兄弟』
公開日:2022/2/11
家同士の政争に巻き込まれながらも、決して公正さを捨てず、己を見失わず、理不尽さに立ち向かっていく、固い絆で結ばれた兄弟たち。時代小説の新たな旗手により、また一つ壮大なエンターテインメント時代劇が誕生した。
架空の藩・神山藩を舞台に描かれるシリーズ第1作『高瀬庄左衛門御留書』(講談社)が第165回直木賞候補、第34回山本周五郎賞候補となり、時代小説の新星としての呼び声も高い砂原浩太朗氏。齢50を前にした武士の生きざまを描き、いぶし銀ともいえる世界観を見せた前作とは打って変わって、シリーズ2作目である『黛家の兄弟』(講談社)の主人公は17歳の若き武士だ。シリーズものといってもストーリー自体は独立しているので、前作を未読でも十分に楽しめる。
主人公の黛新三郎は藩の筆頭家老である黛家の三男。ある春の日、長兄・栄之丞(えいのじょう)、次兄・壮十郎、そして道場仲間の由利圭蔵と共に花見に訪れるシーンから物語は幕を開ける。
花見客でごった返す中、ならず者の若侍集団に絡まれる新三郎たち。次兄の壮十郎がやり合おうとしたところで、通りがかった次席家老の漆原内記(ないき)によりその場は収められる。
しかし後に、このならず者のリーダーこそ漆原の嫡男・伊之助だったことが判明。やがて、決定的な事件が起きる。料亭で狼藉を働いていた伊之助を止めようとして、壮十郎が彼を刺し殺してしまったのだ。
非が伊之助にあるのは明らか。しかし、問題は伊之助の父が次席家老の漆原内記であること。漆原は、藩主の側室となった自分の娘が男児を産んだのを機に、黛から筆頭家老の地位を奪うべく画策していた。そして、伊之助が壮十郎の手にかかったことを引き金に、黛家を徹底的に追い込んでいく。
このとき、新三郎は大目付である黒沢織部正(おりべのしょう)に婿入りし、目付としての訓練を受けていた。漆原はこれを利用し、まず新三郎の上司にあたる目付役筆頭を処分。新三郎自身に兄の罪を裁くよう仕向ける。
〈つぶした虫の怨みなど、気にかけるものはおらぬ〉
〈おなじことなら、強い虫になられるがよい〉
これは、兄への裁きを終え放心状態となっている新三郎に向けて、漆原が放った言葉。宿敵の手強さと己の無力さを突き付けられたところで第一部は幕を下ろし、物語は第二部、13年後へと進む。
第二部では新三郎がいかにして内記に立ち向かっていくかが描かれるが、伏線に次ぐ伏線の回収が見事。関係者の不審死など不穏な事件も起こり、ミステリーの謎解き要素も垣間見え読者を飽きさせない。
情景描写の美しさも読みどころだ。余計な装飾をそぎ落とした文章により、情景が頭の中ですんなり映像化される。移ろいゆく季節の描写はもちろん、壮十郎への裁きの場で、庭に咲く〈落日にあぶられた〉燃えるような曼珠沙華の紅がひどく印象的だ。
さらに、メインキャラクターだけでなく脇役に至るまで丁寧に物語を用意しているのも魅力。一見端役と思える登場人物が意外な活躍を見せることも。また、長兄・栄之丞やかつて〈この先も友垣でいられたら〉と誓い合った圭蔵との関係の変化も胸に迫る。
主人公を新たにしてはいるが、前作と同様、世の理不尽さに流されそうになる中で自分を見失わずに生きる姿勢が物語の根底を支えている。
文=林亮子