大人が一人マクドナルドで食べるということ/月夜に踊り小銭を落として排水溝に手を伸ばす怪人⑤
公開日:2022/2/17
周囲になじめない、気がつけば中心でなく端っこにいる……。そんな“陽のあたらない”場所にしか居られない人たちを又吉直樹が照らし出す。名著『東京百景』以来、8年ぶりとなるエッセイ連載がスタート!
マクドナルドに一人で行くことができなくなった。マクドナルドは店内が明るくて華やかな印象が強い。友達や家族と笑顔でお喋りしながら有意義な食事を楽しんでいる人が多いので、私のような中年が一人で食べていると妙に目立ってしまう。
牛丼店やラーメン店は一人でも入ることができる。ほとんどの客が食べ物と己と一対一で向き合っている。怒っているのかなと疑ってしまうほど眉間に皺を寄せている人もいる。そのような環境だと自然と風景に溶け込むことができる。誰も私の存在を疑問になど思わない。
だが、マクドナルドは良い意味で食べるだけではなく楽しい時間も提供してくれる。マクドナルドのハンバーガーやポテトはとても美味しく消化できるのだが、余りある楽しい雰囲気を一人で消化するのはかなり難しい。
大人が一人マクドナルドで静かに食べるということはなにか理由を詮索されても文句が言えないのである。誕生日だけど祝ってくれる人がいなくて一人でマクドナルドに来たのかもしれない。これから自首するので最後に楽しかった幼少期のご馳走を食べに来ているのかもしれない。マクドナルド本社の幹部が覆面で味とサービスをチェックしに来ているのかもしれない。あらゆる憶測によって弄ばれることだろう。
たとえば名探偵に憧れ推理するのが好きな高校生の自称探偵と聞き役の友達が店内にいたならどのような会話が生まれるだろう。
友達「なぜ、あの大人はマクドナルドで深刻そうな顔をして食べているのかな?」
探偵「もともと、ああいう表情の人なんだよ」
友達「でも、マクドナルドだよ? もっと楽しそうにしてもよくない?」
探偵「うん。彼もそれに気付いているから、さらに緊張して顔が強張っているんだ」
友達「そんなに緊張するのになぜ来たんだろ」
探偵「そこだよ。理由は二つ考えられる」
友達「教えてよ」
探偵「一つは、ものすごくお腹がすいていた」
友達「シンプルだね」
探偵「もう一つは、マクドナルドの熱狂的なファン」
友達「好きなんだね」
探偵「あの人の場合、どちらかと言うと二つ目の理由が近いかもしれない。子供の頃からマクドナルドが好きだった。自分は大人になってしまい、一緒に食べに行ける友達がいなくなった。だけど時々どうしても食べたくなるから照れながら通っているってとこかな」
友達「なんで、わかるの?」
探偵「チキンナゲットのソースだよ。彼はバーベキューソースを使っている。マスタードじゃなくてね。周囲の目を気にするなら、時間を潰すために仕方なく入ったのだという雰囲気を作りながら注文する。その時、少しでも大人に見せたいなら辛口のマスタードソースにするはずだろ? だけど、彼は懐かしさに負けてバーベキューソースにしてしまった」
友達「なるほど。でもあまり詳しくないからメニューの最初に載っているバーベキューソースを選んだかもしれないだろ?」
探偵「ほら見てみろよ? ポテトを半分食べてからナゲットのソースをポテトにもつけはじめただろ。あれがなにも知らない素人の技だと思うかい?」
友達「たしかに」
探偵「それに、ポテトがテーブルに直につかないように、白いペーパーナプキンを巧みに使っているだろ?」
友達「本当だ」
探偵「そういうことさ」
友達「あの大人、チキンナゲットをかじって断面部を見つめているけど、あれにもなにか意味があるの?」
探偵「あそこに想い出が映るんだよ。と言いたいところだけど、ただの癖だろうね」
友達「そこに意味は無いんだね。えっ? なにあれ?」
探偵「ん?」
友達「あの大人、食べかけのチキンナゲットの断面をこっちに見せてきたよ」
探偵「目を合わせちゃだめだ」
友達「でも、少し笑っているよ」
探偵「見るな!」
友達「立って、こっちに来るよ。怖い」
探偵「トイレに行くだけだろ。大丈夫、落ち着いて」
友達「うん……」
探偵「怪しまれないように、なにか話をしよう」(小声で)
友達「そうだね……」(小声で)
探偵「この間の誕生日会楽しかったよね」
友達「最高だったよね」
又吉「すみません。僕の噂してました?」
友達「えっ?」
又吉「僕のことなんか言うてました?」
探偵「いえ、言ってないですよ? 誤解させたならごめんなさい」
又吉「いえ、噂してないなら謝る必要はないです。噂してたとしても謝る必要なんてありませんし」
探偵「はい、なにか気に障ることでもありましたか?」
又吉「いえ、僕は地獄耳でしてね」
探偵「地獄耳?」
又吉「これくらい距離が離れていても声が聞き取れてしまうんですよ。その聞こえた声の内容が合っているのかご迷惑じゃなければ確認させて欲しいなと思いまして」
探偵「はい、なんでしょうか?」
又吉「ええ、『あいつ本当はテリヤキバーガー食べたいのに、おっさんだからフィレオフィッシュ食べてんだよ』って私を見ながら言ってましたよね?」
探偵「あっ、本当にそれは言ってないです。全然違います」
又吉「ほんまですか?」
探偵「マクドナルドに慣れていらっしゃる、って褒めてただけですよ」
又吉「そうでしたか、耳悪くなったんですかね。お邪魔しました」
探偵「はい」
友達「怖っ、なにあれ?」
探偵「まだ喋るな。聞こえるかもしれないから」
友達「ごめん。あっ、戻って来た」
又吉「一応なんですけど、無理やったら全然大丈夫なんですけど、友達になるのは難しいですよね?」
友達「えっ?」
探偵「僕達とですか?」
又吉「はい」
探偵「ああ嬉しいのですが、僕達まだ学生なので」
又吉「そうですよね。すみません」
友達「……」
探偵「……」
このように噂されてしまうかもしれない。
実際に子供の頃はテリヤキバーガーばかり食べていたが、今はフィレオフィッシュをよく食べている。一番好きなのは、半年間シンプルなハンバーガーを食べ続けてチーズバーガーというものを一旦記憶から消してから食べるチーズバーガーである。そうすると初めてチーズバーガーを食べた時の衝撃が蘇るのだ。チーズ一枚でここまでいけるのかと感動できる。普通に食べるのではなく、チーズバーガーの存在を忘れたうえで出会い直すというのが肝心である。
いつか月見バーガーも食べてみたいのだが、一人だとなかなか勇気がでないのだ。
子供達に、「あのピエロ怖い」と噂されていることに傷つき、どこかに行ってしまったドナルドを探しだして一緒に食べにいこう。
(ここで掲載する原稿は、又吉直樹オフィシャルコミュニティ『月と散文』から抜粋したものです)