美内すずえ推薦! 元・天才子役がふたたび演技の世界で勝負!ライバル以上恋愛未満の関係にも注目の『エンドロールは君と』
公開日:2022/2/15
どう頑張っても手が届かないとわかっている夢なら諦めもつくけれど、「もしかしたら」という希望を一度でも見せられてしまうと、とたんに手放すのが難しくなってしまう。かといって一度追い求めたら最後、限界を見せつけられながらも頑張り続けるしかなくなるからこそ、人は二の足を踏んでしまうもの。それでも追い続けると覚悟を決めて、手を伸ばし続ける生き様の美しさを描いたのがマンガ『エンドロールは君と』(まめ魚/白泉社)である。
主人公の向井あまねは、元天才子役の女子高生。あることがきっかけで業界を離れ、二度と演技の世界には戻らないと決めていたが、あまねの父が経営する小さな個人事務所になぜか移籍してきた人気俳優・坂登倖成に、しつこく復帰を迫られていた。かつてあまねの代役として映画に出演し、あまねに敵わない悔しさを味わったことのある彼は、再び同じ場所に立つことで、今度こそあまねを打ち負かしたいと思っているらしい。強引に移籍したせいで、仕事の妨害まで受けながら、あまねのそばにいようとする坂登の執念におされて、あまねは少しずつ演技の世界に心を戻していくのだけれど……。
役者としての誇り、演技への情熱を媒介に心を通わせていく2人の、ライバル以上恋愛未満の関係ももちろん読みどころなのだけれど、この作品、なんといっても美しくて大胆な絵と構図が見どころである。
たとえば、スキャンダル疑惑をかけられた坂登を守るため、あまねがマネージャーのふりをするシーン。坂登の騙し討ちにあい、エキストラとして参加させられたあまねの映画撮影。演技なんて忘れた、興味がないという顔をしていたあまねのスイッチが入り、その才能を周囲に見せつけ圧倒する場面には、読みながらはっとさせられるものがある。それは、現実にドラマや舞台で芝居を見たとき、あまりに飛びぬけた演技を見せる役者には、言葉もなく目が釘付けになってしまうのに似ている。
あまねに、他が比肩しない才能があることを、著者は、物語の文脈ではなく、たった一枚の画で描き出す。その有無を言わさぬ説得力が高揚感を呼び、ついページをめくってしまうのだ。
それほどの才能がありながら、一度は手放してしまった夢。以来、誰にも信じてもらえなかった――自分自身さえ信じることのできなかった演技への情熱を、ただ一人、何年も揺るぎなく信じ続けてくれた坂登がいたからこそ、あまねは再び舞台の上に、カメラの前に戻ってくることができた。坂登だけでなく、現役天才子役としてプロの矜持を見せつける少女・みくの存在も大きい。同じ場所で、同じ目線で、同じ景色を見ている人たちにしか共有できない想いが、あまねを元天才子役としてではなく、現役女優としての新たな一歩へと踏み出させてくれるのだ。
坂登からあまねへの感情は、憧れなのか恋なのか。そんな彼をあまねは果たして「好き」なのか。関係の変化もまた、一歩を踏み出したところだけれど、それが恋でも友情でも同志でもなんだってかまわないと思う。ただ、互いを信じて、隣に立つにふさわしい人であろうとする2人の今後を、今は見守っていきたい。
文=立花もも