韓国語の「兄(ヒョン)」には重要な意味が! 人気ドラマや映画、小説から見えた「リアルな韓国の姿」

文芸・カルチャー

公開日:2022/2/18

韓国カルチャー 隣人の素顔と現在
『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(伊東順子/集英社)

 韓国発の書籍やドラマ、エンタメが人気を博している。その人気は日本だけに限らない。アメリカ映画の最高峰であるアカデミー賞では2020年に韓国映画『パラサイト』が作品賞を受賞し、2021年にはNetflixで配信された韓国ドラマ『イカゲーム』が、世界90カ国で視聴回数1位となったことでも話題になった。多くの国の人々が今、韓国カルチャーに注目している。

 そんな韓国カルチャーの魅力を深掘りしたのが、『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(伊東順子/集英社)。著者は、韓国在住の日本人ライター。本書では近年、話題となったドラマや小説、映画の魅力と共に韓国が歩んできた歴史を紹介。リアルな姿を伝えている。

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ドラマ『サイコだけど大丈夫』で明らかに。韓国人にとっての「家族呼称」の重み

 2020年、日本では、北朝鮮と韓国に住む男女が恋に落ちる『愛の不時着』が話題になった。だが、同時期、台湾やマレーシアなどでは異色のドラマ『サイコだけど大丈夫』が大人気となっていたという。

 同作は、愛を知らない人気童話作家と人生に希望をなくした男が互いの傷を癒すヒューマンドラマ。幼い頃に両親を亡くした主人公のムン・ガンテ(キム・スヒョン)は、自分と兄・サンテ(オ・ジョンセ)の職場の問題などで、追われるように海辺の町へ引っ越す。

 行き先をそこに決めたのは、就職先にと勧められた精神科病院があり、院長がトラウマ治療の専門医だったから。ガンテは常々、兄を深刻なトラウマから救ってあげたいと思っていたのだ。

 精神科病棟の保護士(精神科病院で医師や看護師の補助をするスタッフのこと)として働き始めるも、ガンテは夢も希望もなく、愛さえ拒絶していた。

 そんな彼の前に現れたのが、童話作家のコ・ムニョン(ソ・イェジ)。孤高の女王のような彼女は傍若無人で我慢というものを知らず、愛という感情を知らない。

 そんな、はたから見れば「サイコ」に見えるかもしれない彼らが互いを理解し、成長していく…というのが作品の醍醐味なのだが、著者は同作には韓国カルチャーを強く感じる描写があると語る。

 それは、家族呼称。韓国語の場合、兄は弟からは「ヒョン」、妹からは「オッパ」と呼ばれるが、こうした家族呼称は血縁のない人間関係にも使われ、男性が年上の友人を「ヒョン」「ヌナ(姉の意)」と示したり、女性が彼氏のことを「オッパ」と呼んだりすることもあるのだとか。日本でも親しみをこめて赤の他人を「お兄ちゃん」や「お姉ちゃん」と呼ぶことがあるが、韓国人の場合はその重さが違うのだそう。

 例えば、同作の中でガンテは通常ならば「ヒョン」と呼ぶべき年上の親友に対して、「俺の兄は一人しかいない」と、頑なにその呼び方を拒否。兄・サンテのほうも作中で何度も自身がガンテの兄であることを強調している。

 著者は、この強いこだわりこそが韓国的な文脈で非常に重要で、同作からは韓国において、個人のアイデンティティと家族との関係がいかに重要であるかがうかがえると指摘。また、登場する食事メニューや食べ方にも、韓国カルチャーを感じさせる深いメッセージがこめられていると述べる。

 韓国に詳しい著者だからこそ見つけられた、作品の奥深さ。それを目にすると、他の韓国作品の見方も変わるだろう。

 なお、著者は他にも本書内で数多くの韓国作品をレビュー。ありし日の梨泰院を懐古しながら、『梨泰院クラス』が世の男性を魅了した理由を考察し、『82年生まれ、キム・ジヨン』から読み解ける、かつての韓国女性が背負っていた抑圧の重さにも言及。意外と気になる、韓国の財閥ファミリーと一般富裕層の違いも分かりやすく解説している。

 さまざまな韓国作品と出会え、韓国カルチャーの奥深さに気づける本書は、普段から韓国作品に親しみがある人はもちろん、これからどっぷり浸かってみたいと考えている人も予備知識なしで楽しめる1冊。知っているようで知らない隣国の歩みや魅力を、ぜひ感じてみてほしい。

文=古川諭香