日髙のり子は、いかにして日髙のり子となったのか――デビュー40周年を機に振り返る、国民的声優の半生
公開日:2022/2/22
『タッチ』の“南ちゃん”こと浅倉南、『となりのトトロ』の草壁サツキ、『名探偵コナン』の女子高生探偵・世良真純……。国民的アニメにこの人あり、の呼び声も高い国民的声優・日髙のり子さん。1980年に“日髙のり子”として歌手デビューして(それ以前は本名で活動していた)、2020年に40周年を迎えたのを記念して、自身の歴史を振り返った本を執筆。自伝的著書『天職は、声優。』(主婦の友インフォス)が反響を呼んでいる。
生い立ちから現在に至るまでの道を綴ったライフ・ヒストリー編に加え、野沢雅子さんの寄稿。表紙イラストを手がけるあだち充さんをはじめ、ゆかりのある漫画家・声優・俳優陣ら総勢34名によるアンケート企画。そして公私にわたって親交の深い林原めぐみさんとの対談と、読みどころが満載の内容だ。
なかでもやはり、本編に相当する自伝部分が興味深い。
女優になるのを夢見ていた幼少期からはじまって、小学校の4年生で劇団に所属。舞台やテレビドラマに出演するようになり、やがてアイドルとして18歳で歌手デビュー。
……と、このように経歴だけ追っていったら「さすが日髙のり子! 初期の頃から順調に芸能界を歩んでいたんだ」という印象を与えるだろう。
しかしその実、目立ってナンボのアイドルの世界で著者はあまりにも“普通の女の子”だったようで、当時のことを『40年間の芸能生活のなかで、一番の暗黒時代にいた』と振り返っている。
劇団に入るきっかけをつくってくれた母から「22歳までに芽が出なかったら芸能界を諦めること」と20歳のときに宣告され、退路を断つ思いで奮起。ラジオ番組のリスナーからの手紙で声優になることを薦められて声の演技に興味を持ち、ちょうど22歳で声優デビューを果たす。そして翌85年、人生を変える作品と出会う……。そう、あだち充原作の『タッチ』だ。
全5章ある自伝パートの中で、この部分はまだほんのさわりというか序章の、第1章部分にすぎない。ここから、私たちのよく知る“声優・日髙のり子”の人生がはじまる。
『タッチ』の浅倉南役で爆発的な人気を得てのち、憧れの宮崎駿映画への起用、子どもの頃から好きだった世界名作劇場への出演。ヒロイン役はもちろんのこと少年役にも演技の幅を広げ、数々の代表作を持つようになっていく。
本書の端々から感じられるのは、著者が常に自分の声に、つまり自分の仕事への向きあい方に、厳しい目を向けていることだ。
どれほどキャリアを重ねても、いや、重ねればこそいっそうに、慣れてはいけない、安全な方へいってはいけない、と自らに言い聞かせているかのように新しい挑戦をしてゆく。それもごく自然に、楽しそうに(これはなかなかできないことだと思う)。
女優を目指していたはずが歌手となり、声優となり、そして現在は再び演技の仕事もするようになっている。そんな自身の人生を著者はこう綴る。
自分で切り開いているようでありながら、出会った人や経験の先に、意志とはまた別に道筋ができていくものが人生なのかもしれない
時には流れに身を任せ、時に回り道をして、失敗したかと思うようなことが起きても、きっとそれも自分の糧になっている――著者のそんな、しなやかな強さと明るさが行間から伝わってくる。
文=皆川ちか