【祝・北京五輪金メダル/特別連載】似て非なる2つの競技。平野歩夢が二刀流の道を振り返る
公開日:2022/3/2
北京オリンピックで人類史上最高難度の大技「トリプルコーク1440」を成功させ、悲願の金メダルを手にした平野歩夢選手。その原動力になっているのが、「誰もやってないこと」という言葉だ。
これまでにも、日本人初となるスノーボード競技のメダリストに輝き、ソチオリンピックでは15歳74日という冬季オリンピック種目の日本人として最年少メダリスト記録も打ち立てた。世界で初めて、ダブルコーク1440(縦2回転+横4回転)を連続でメイクしたのも平野選手だ。
そして、2021年の東京オリンピックでスケートボード、2022年の北京オリンピックでスノーボード、2つの違う競技で世界を狙うという「誰もやっていない」挑戦を続けてきた。それは、平野選手のスノーボードでのライバルで、オリンピックで3度金メダルを獲得しているレジェンド、ショーン・ホワイトでさえも、途中で断念せざるを得なかった前人未踏の挑戦。
平野選手のドキュメンタリーフォトエッセイ『Two-Sideways 二刀流』(KADOKAWA)の中で、その2つの競技について、「サッカーとバスケットボールくらい違う」と本人は語っている。
※本稿は『Two-Sideways 二刀流』(平野歩夢/KADOKAWA)から一部抜粋・編集しました。
似て非なる2つの競技
同じ横乗り。スノーボードとスケートボードの競技は、素人目にはかなり似ているように感じる。平野選手が挑戦する2つの競技のルールを簡単になぞってみたい。
まずスノーボード・ハーフパイプ競技は、全長180m、斜度18度、壁の高さ約7mの半円状の斜面を滑り、計5、6回ほどのトリックで採点される。採点基準は主に3つ。高さ、難易度、完成度。空中での姿勢や着地の滑らかさも重要視される。
一方、スケートボード・パーク競技は、ボウルを45秒間滑り、約10回ほど行うトリックの完成度、難易度で採点される。ボウルの形状は会場ごとに異なるので、その特徴を短時間で把握し、対応する力も求められる。
ルールだけでも、これほど違う。それ以前に、これまでトップ選手として両立できているライダーが1人もいないということが、まったく異なる競技であることを示唆している。
「遊びで両方やっている人はたくさんいます。俺の場合は、両方の競技でトップを狙っているからこその難しさだと思います。俺がこれまでスノーボードに対してやってきたような姿勢で、スケートボードにも取り組まなければならない。これって相当キツいと思うんですよ。そこに至るまでの苦労も含めて、そういう体験って今までした人はいない。二刀流というのは話題作りでもなんでもなくて、その挑戦の先に広がっている自分にしか見られない世界を見てみたい、という好奇心から来た決断なんです」
未知の領域に挑む者だけが体感する苦労。それすらも「自分だけ」という思いが、日々のキツい練習をプッシュする。
「自分の中では、まだまだ苦労しきれていないと思ってます。ここから先は、さらに難しくなる。スケートボードってスノーボードに比べると、技術を失いやすいという印象があるんです。スノーボードから2年くらい離れた時期もあったんですが、わりとすぐに戻ったんですよね。でもスケートボードで1ヶ月休むとかは考えられない。やってきたこと、できることが離れやすい。毎日イヤでも練習しなきゃ、という気持ちはスケートボードから学べた大きな要素です」
トップを目指す平野選手だからこそ見えているスノーボードとスケートボードの違いは、数え上げたらキリがない。そもそも道具が違うし、体の使い方も変わってくる。
「1日の間に両方を交ぜて練習することもありますが、スノーボードからスケートボードに移ると最初はちょっと調子が悪い。逆にスケートボードからスノーボードにシフトしたときは調子が良いんです。トリック時の体の使い方は、スノーボードが全身で飛ばしにいく感覚なのに対して、スケートボードは下半身。とくに足裏に集中する感じで上半身はあまり疲れません」
足が固定されていないスケートのほうが、足先の感覚はシビアだ。スノーボードの足がくっついている感覚を引っ張ってしまう影響は大きいそう。
ちなみにスノーボードに比べて、スケートボードのトリック回数は圧倒的に増える。当然、両者ではルーティン(演技)構成も大きく異なってくる。さらにスケートボード競技は会場の形状自体が毎回違うのだ。
「スケートの場合、大会会場に着いたらまずパークの形状をよく見て、どのように滑るかを2時間くらいかけてイメージします。でも、実際に滑ってみると、イメージと全然ラインが合わないこともある。ひとつのラインが少しでも崩れたら、次に入る場所も変わるから全部が狂ってしまうので、その場で修正が必要。一方スノーボードは、滑り始める前にどのような演技をするか、かなりカッチリ決めこみます。スノーは頭の中のイメージと実際の滑りが一致しやすいんですけど、スケートは全然違う。これは本格的にやり始めて感じたことですが、スケートはパークに合わせてどこでもなんでもできるように準備ができていないといけない。逆にスノーボードはパイプの形状はどこも似ているので、場所に合わせるというよりも、自分を極めていく感じ。そこが大きな違いです」
競技者として二刀流に挑む平野選手の世界。常人にはなかなか理解しがたい面も多いのだが、どのように彼の挑戦を見れば、その片鱗を感じることができるのか。
「観てくれる人自身がやってないと、理解できないところも多い競技だとは思います。俺がおすすめしたいのは、実際ちょっとでもやってみること。楽しさや難しさを実感してもらってから観ると、ぜんぜん理解度が変わると思います。経験すると、技のすごさはもちろん、リスクだったり、スタイル、格好良さがもっと見えてくるんじゃないかな」
写真:篠﨑公亮
【著者プロフィール】
●平野 歩夢:1998年11月29日生まれ。新潟県村上市出身。2014年ソチオリンピック、2018年平昌オリンピックのスノーボード・ハーフパイプ競技において2大会連続銀メダル獲得したトップアスリート。2021年の東京オリンピックではスケートボード、2022年北京オリンピックではスノーボードで出場という前人未到の横乗り二刀流に挑戦。北京オリンピックの男子ハーフパイプ決勝では人類史上最高難度の大技を決め、悲願の金メダルを獲得している。