星野道夫が「宝物」と呼んだ、1967年刊行の幻の古典『極北の動物誌』
更新日:2022/2/24
ウイリアム・プルーイット『極北の動物誌(ヤマケイ文庫)』(岩本正恵:訳/山と渓谷社)は、自然を護ることの意味を教えてくれる一冊だ。
生物学者であるプルーイットがアラスカの動植物たちを記した本書は1967年にアメリカで刊行され、アラスカを拠点して活動していた写真家の故・星野道夫はこの本を「宝物」と呼んだ。
アカリスやハタネズミといった小動物からムース、カリブーといった大型動物まで、プルーイットの筆はそれぞれの動物たちの目線へと読者を誘う。ハタネズミが冬を迎える前にせっせと食べ物を貯え、巣までの道を掃除して整える精細な筆致はまるでハタネズミの小さな小道に読者が入り込んだかのような感覚を覚えるのだ。
また、狩りから戻らないオスを心配するメスのオオカミや、子どもたちに狩りの作法を教え家族総出で獲物を追うというアラスカの頂点捕食者であるオオカミの話は神話のように神々しい。
原始時代の北米各地で見られたオオカミは、原住民のライバルであり、人間たちは狩りの王者であるオオカミに敬意を抱いたという。また捕食者の頂点であるオオカミを通して、すべての生物は相互依存して生きていることを人間は理解したという。
植物は草食動物に食べられ、草食動物は肉食動物に食べられることよって植物の種もバランスを保ち続け、自然界でエネルギーが効率よく生物たちに分配される。学校でも習うこの食物連鎖は生物それぞれが相互依存しながら生態系を保ち続けている。だが、極北のそれはとても「脆い」ものであるということを本書は教えてくれる。
多種多様な生物が数多く存在して複雑な食物連鎖を形作っている熱帯とは違って、極北の生物種は少なく、相互依存の関係はシンプルだ。それゆえに動植物種のひとつの個体数が乱れるだけで熱帯の生態系よりもはるかに大きな影響を自然全体に及ぼし、その生態系が受けた傷は容易に回復するものではないという。
そして本書で圧巻なのは「旅をする木」だ。
鳥がトウヒの種子をついばみ落ちた種が芽吹き、成長した木の枝には鳥たちが巣を作りヒナを育て、何世代にもわたりこの木をねぐらにした。川は年々氾濫してその流れを変えていき、大雪の年の春の雪解け水が木を押し流す。木はやがて大海でクジラと出会い、流れ着いた場所で猟師と出会う。
長い年月をかけてアラスカの地を旅する木は、アラスカの雄大な時の流れに圧倒される儚くも尊い一篇である。
この「旅をする木」の一篇は、星野道夫が同じ名を書名とした『旅をする木』(文藝春秋)の中で、プルーイットと本書への強い憧れと想いを書いている。
またプルーイットはアラスカを核実験場とするアメリカ原子力委員会の「プロジェクトチェリオット」を環境調査によって阻止したことで、アメリカから追放された。
こちらもまた星野道夫の『ノーザンライツ』で詳細が綴られているので本書と併せて読んでほしい。
『極北の動物誌』ではたびたび人間の行いが登場するが、その多くは自然の調和を乱す象徴として描かれる。将来、動物たちの前に、人間たちが自然との調和と保護を象徴する存在として登場するにはどうしたらよいか、そんなことを考えさせられる一冊なのである。
文=すずきたけし