【祝・北京五輪金メダル/特別連載】平野歩夢が滑走前に聴いている予想外な曲とは? パフォーマンスを上げる音楽との関係

スポーツ・科学

公開日:2022/3/3

Two-Sideways 二刀流
『Two-Sideways 二刀流』(平野歩夢/KADOKAWA)※スノーボードverの新デザイン版

 スノーボードがオリンピックの正式種目になったのは、平野歩夢選手が生まれたのと同じ年、1998年に開催された長野大会から。スケートボードは2021年の東京大会から採用されたばかりだ。もともとは、どちらも競技性以上にカルチャー色の強いスポーツなので、勝てば良いという考え方だけでは広い意味での評価を得にくいという、他のスポーツにはない特性を持っている。簡単に言ってしまえば、ダサい、ダサくない、もかなり重要な要素となる。

 それをよく表しているのが、横乗りスポーツで頻繁に出てくる「スタイル」という言葉。TVでも「スタイル出てますね」などと解説されるので、耳にしたことがある方も多いだろう。ここでいう「スタイル」とは、簡単に言えばライダー自身の個性やオリジナリティだ。

 平野選手自身も、数々のインタビューの中で「スタイル」という言葉を頻繁に使っている。平野選手の著書『Two-Sideways 二刀流』(KADOKAWA)では、「スタイル」についてこのように語っている。

※本稿は『Two-Sideways 二刀流』(平野歩夢/KADOKAWA)から一部抜粋・編集しました。

Two-Sideways 二刀流

飽くなきスタイルの追求

「両方の競技に共通するんですが、ただ難しいトリックをメイクしたからといって、みんながみんなすごいってなるワケじゃなくて。やってきた人同士の独特な伝え方、伝わり方があるんです。技の難易度的にはたいしたことなくても『トリックのときの足や手の使い方がやばかった』とか『あのグラブのさし方はすげー渋い』みたいな。そういうスタイルを重視するところが、他のスポーツより大きいと思います。特にスケートボードは、それがより強い。自由さというか。誰かのためにやってるんじゃなくて、自分のためにこう滑っている、という実感がある」

 横乗りは滑りのスタイルの中に、ライダーの人柄までが滲み出る。競技を見るときには、どうしても表面的なすごさばかりに目が行きがちだが、平野選手としては、その奥にあるスタイルにも注目してほしいと言う。

「ただ単純にめちゃくちゃ回ってるなとか、すごい高さ飛んでるなって見られがちだけど、それだけだとこっちが本当に表現したいことが伝わっていないかもと思ってしまうところもあります。伝わりづらいし、理解しづらいかもしれないけど、滑りの中にあるそれぞれがこだわっている部分にもぜひ注目してほしい」

 平野選手の場合、スノーボードでは世界で初めてメイクしたダブルコーク1440の連発や、比肩するもののないエアの高さが持ち味、つまりは自身のスタイルだ。スタイルと勝負論の両立は、平野選手にとっても追求し続けていくべき課題。足が固定されていない分、細かいスタイルを出しやすく、自由度が広がるスケートボードを始めたことによって、「スタイル」への探究心はより一層増した。

「スノーボードの場合は競技自体が成熟してきていて、限界まで攻めた技をしなければ勝てない。遊びの部分は、圧倒的にスケートボードのほうが大きいと思います。だからこそ、スタイルが大事になってくる。自分の滑りに対してオリジナリティを持ちつつ、誰もやっていないこと(二刀流)を形にしているということが、俺にとっての一番のスタイルだと思っています」

 こだわるべきポイントは、細かいところまで言い始めれば切りがない。たとえば飛んでいるときに足が寝ているか、寝てないか。飛び出した瞬間にグラブを掴む人がいれば、あえて遅く掴む人もいる。ライダーの数だけ、全てのアクションに理由がある。

「このままスケートを続けていったら、さらにスタイルの奥深さを知れるんだろうなと思う。メイク率はたとえ低くなったとしても、スタイルにこだわると見映えが変わる。好き、嫌いも人それぞれで幅広い。正解がない感じも面白いですね」

 ディテールにこだわったからといって、採点に大きな影響があるわけではない。採点対象の技としてだけ見れば、グラブはグラブでしかないのだ。だから、スタイルだけを追求していては、コンテストライダーとして勝利を掴むのは難しい。スタイルと大会での勝利。その両者を同時に追求するのは、言葉にするほど容易ではない。

「スノーボードだけに取り組んでいたときは、コンテストライダーとしては、ときには格好悪いこともしなければいけないし、本意じゃない自分も飲み込んでいかないと、この世界では通用しないと思ってやってきました。でもカルチャーの部分がまだ色濃く残るスケートボードにも挑戦してみて感じたのは、好きという気持ちひとつで、年齢やレベルは関係なく突っ込む感じとかが、すごく格好良い。そういうスタイルの面を、スノーボードのほうでももっと表現していきたいと考えるようになりました。技術的なことだけじゃなく、そういう意味でも相乗効果はあると思いますし、それを俺が融合させることによって、スノーボード、スケートボードの両方がもっと盛り上がって欲しいという思いはあります」

Two-Sideways 二刀流

Two-Sideways 二刀流

聴こえないけど、そばにある音

Two-Sideways 二刀流

 滑走前に平野がイヤフォンで音楽を聴きながら集中力を高めている姿は、映像でもよく見かける。オフショットを見ても、つねにその耳にはイヤフォンがある。平野選手自身も過去のインタビューで、「音楽は常に近くに置いておきたい」と語っていた。さぞかし思い入れのある曲ばかりなのだろうと、大事な大会のときにどんな音楽を聴いていたかを訊ねると、意外な答えが返ってきた。

「滑る前に曲を選んでいることは覚えています。でも、あのときなにをって聞かれると、まったく覚えてないですね。ソチオリンピックのときは、たしかめっちゃゴリゴリのヒップホップとか聴いてた記憶があるんですけど、でも普段からそういうの聴くかというとそうでもないし」

 好きなミュージシャンですらないときも多い。だからここで具体的な曲名を出したとしても、それが平野のお気に入りの曲、とは限らないそうだ。

「普段から聴いている曲じゃないこともけっこうあるんですよ。そのときの雰囲気でこれにしてみよっかな、という感じで」

 20曲くらいのプレイリストを大会に向かう飛行機の中で組み、競技の直前にその中から気分に合うものを選ぶ。横乗り系といえば、イケイケでテンポの速い曲かと思いきや、そうではないらしい。

「テンションが上がりやすい曲を聴くときもあったんですけど、だいたいそういうときは調子が悪くなるんですよ。タイミングがずれたり、一発目で飛びすぎたり。冷静さがなくなるんですかね。だから、基本的にはゆっくり系。いまからやること(競技)はすごくハードなのに、そうじゃない落ち着いた曲を聴くほうが調子出るなって感じますね。テンションの高い曲を聞いて、オラーってなるよりも、いつも通りの自分を保てるほうが大事。長いこと競技と音楽をすり合わせてきて気付いたことですね。自分でもけっこう意外な発見です」

 人間離れした技を決める直前。素人からすると、アドレナリンを出したいところなんじゃないかと思うが、そこをあえて静かな曲で気持ちを沈静化する。平野選手の場合は、そのほうが良いパフォーマンスを出しやすいのだそう。いつもクールな印象の平野選手らしい、ブレのないセレクト。

「滑るスタイルによっても選ぶ曲って変わるのかもしれません。例えば俺がコンペティションをやってなくて、友達と滑りの撮影をメインに楽しんでいるタイプだったら、もっとノリノリの曲を選ぶかもしれないし、そっちのほうが良い滑りができるのかもしれない」

 平野選手にとって、音楽も競技のパフォーマンスを上げるために必要不可欠なツールのひとつ。インタビューの中で名前があがった曲は、相当に予想外なセレクトだった。

「長渕剛とか尾崎豊とか聴いて滑ると、めっちゃ調子よかったりするんですよ。しんみり系で歌詞もめちゃくちゃ入ってくる曲なのに、なぜかすごく集中できたりするから不思議ですよね」

 最後にしつこくもう一度だけ、一曲でも良いから「この大会でこの曲」のような、具体的なものを覚えていないか訊ねてみた。

「いや、ほんと申し訳ないんですが、覚えてないんです。スノーボードもスケートボードも、滑り始めると終わるまではなにも聞こえない。途中で口ずさんだりもしない。集中し始めると耳にも入ってこないですね。滑る前にちょっとだけ雰囲気を感じられるだけでいい。そんな感じなんです」

Two-Sideways 二刀流

写真:篠﨑公亮

【著者プロフィール】
●平野 歩夢:1998年11月29日生まれ。新潟県村上市出身。2014年ソチオリンピック、2018年平昌オリンピックのスノーボード・ハーフパイプ競技において2大会連続銀メダル獲得したトップアスリート。2021年の東京オリンピックではスケートボード、2022年北京オリンピックではスノーボードで出場という前人未到の横乗り二刀流に挑戦。北京オリンピックの男子ハーフパイプ決勝では人類史上最高難度の大技を決め、悲願の金メダルを獲得している。

<第3回に続く>