「コロナ禍を客観視し、なるべく気持ちを入れずに書きました」マンボウやしろ初小説『あの頃な』インタビュー
更新日:2022/3/14
舞台やドラマの演出・脚本家、TOKYO FM『Skyrocket Company』のラジオパーソナリティーなど幅広く活躍しているマンボウやしろさん。お笑いコンビ・カリカ時代から異才を発揮してきたやしろさんが、初小説『あの頃な』(角川春樹事務所)を上梓した。収録されているのは、新型コロナウイルスをモチーフにした25本の短編。ひねりの効いた毒気のあるショートショート、心温まるストーリー、脚本形式の短編など、変幻自在の作風で読者の頭と心をかき乱してくる。執筆時の苦労、初小説への手ごたえなどについて、やしろさんにお話をうかがった。
(取材・文=野本由起 撮影=島本絵梨佳)
コロナに対する幅広い意見を、客観視して描いた短編集
――舞台やドラマの脚本家として活躍するやしろさんですが、意外にもこれが初小説なんですね。小説というジャンルに挑戦しようと思ったきっかけを教えてください。
マンボウやしろさん(以下、やしろ):お声がけをいただいたから、ですね(笑)。脚本はずっと書いてきましたし、いつかは小説も書いてみたいなと思っていましたけど、そもそも僕はそんなに小説を読んでこなかったんですよね。太宰治、夏目漱石あたりは一応読みましたし、山本周五郎、星新一、東野圭吾さんは好きで読んでいますけど。せっかくお声がけいただいたのでいい機会だなと思ったものの、書ける自信は一切ありませんでした。実際、一度書き始めたけれど、自分は描写が苦手で行き詰まってしまって。そんな時、友達で本好きの俳優・山崎樹範さんに相談したら、「最近は会話中心の小説もあるよ。脚本っぽい小説もあるから、あまりカッコつけなくていいんじゃない?」と言ってくれたんです。早い段階でそういうアドバイスを受けたことで、ちょっと気が楽になりました。
――セリフで物語を展開させる脚本と、地の文での描写が必要な小説は、やっぱり全然違うものですか?
やしろ:違いますね。僕は描写があまり得意じゃないんですよ。時間をかけて勉強すれば、もしかしたらイケるかなと思ったんですけど、まぁ、初めての小説で不得意なことをやってもしょうがないなと思って。自分が得意なところ、つまり物語を考えること、会話を書くことを重点的に頑張れたらなと思いました。
――新型コロナウイルスをテーマにすることは、最初から決めていたのでしょうか。
やしろ:いえ、2020年に入ってお話をいただいたんですけど、最初は違う小説を書こうと思っていました。でも、コロナ禍になって、どうしてもコロナについてニュースでチェックしたり、ラジオで喋ったりしなければならなくて。ドラマの脚本、ラジオ、小説とそれぞれ違う脳で生活するのが、ちょっと無理だったんですね。それなら、どのみちコロナについては仕事で追いかけなきゃいけないから、小説のテーマもコロナにできないかな、と。そうすれば近しい思考で、仕事を並行してやれるんじゃないかと思ったんです。
――ドラマはドラマ、ラジオはラジオ、小説は小説と、切り離すのは難しいのでしょうか。
やしろ:そうですね。ドラマとラジオは完全に別軸なんですけど、そこにもうひとつ入れるのはちょっと無理でした。ラジオは、どうしてもコロナと切り離せないじゃないですか。僕が専門家としてコロナについて喋ることは一切ないんですけど、聞いてる人が嫌な気持ちになるスイッチを踏まないために、情報をずっと入れてなきゃいけないんです。例えばオミクロン株を風邪だと思っている人たちは、なぜそう思っているのか、とか。政府の対策についても、みんな意見が違うじゃないですか。それぞれの意見があるとわかったうえで、その真ん中を取ったり、いろいろな意見もちりばめたり、違う意見を持つ人もイライラさせないように喋ったりしないといけないので。ラジオではコロナを客観視したうえで話していますし、小説でも自分の気持ちは入れずに書いています。ラジオと小説の両輪、どちらにも僕個人のコロナに対する気持ちはひとつも入れていないですね。
敬愛する山本周五郎や松本大洋作品へのオマージュを込めた短編も
――25本の短編は、収録順に書いていったのでしょうか。
やしろ:バラバラですね。最初に書いたのは、冒頭に収録した「コトの始まりは旅立ち」ですが、あとは思いつくままに書いて、それを並べ直していきました。世の中で起きたことを、その順番に書いていった感じです。
――日頃からニュースに触れる中で、題材を見つけていったのでしょうか。
やしろ:そうです。「ジェットコースターで絶叫をあげないようにしてる」とか、「お化け屋敷で人に触らないようにして感染予防してる」ってニュースを見たんですよ。コロナが広がり始めたばかりの頃は、「何それ」みたいなニュースがいっぱいあって。パチンコ屋が叩かれていることにも違和感があったので、ニュースで見た時には急いでメモしました。これを書いている1年半ぐらい、頭に引っかかるニュースをずっとメモってましたね。
――そこから、コロナ禍のお化け屋敷を題材にした「役者と魂」、パチンコ屋を描いた「パチンコ屋の存在価値」が生まれたんですね。しかも、パチンコ屋の事情をそのまま書くのではなく、発想にひねりを効かせているのがさすがだなと思いました。
やしろ:25本も書くので、同じようなものばかりにならないよう、いろいろ使い分けたいなと思って。「役者と魂」は、お化け屋敷のお化けが人に触れないとしたら、どうやって驚かせるんだろう、と。演出の仕事もやらせてもらっているので、演出論みたいなものを書きました。「鉄仮面」という短編は、実体験をモチーフにしましたね。舞台の仕事で、初顔合わせの役者さんたちがみんなマスクをつけていて、すごいつらかったんですよ。
――ご自身の中で、会心の出来だと思うのはどの短編でしょう。
やしろ:早い段階で書いた「TOKYO202Xマラソン」が、結果的に一番キャッチーだったんじゃないかと思います。こういうテイストの短編が多ければ、もっと明るい本になったかもしれないですね。
――「TOKYO202Xマラソン」は、2020年夏、日本を訪れたアフリカ小国の大統領が、あるものを見て衝撃を受けるというショートショートですね。星新一のようなオチが印象的でしたが、やはりこういったひねりのある作品がお得意なんでしょうか。
やしろ:25本すべてにちゃんとしたひっくり返し、どんでん返しがあればよかったのかもしれないですけど。でも、全部が全部ショートショートにしたかったわけでもないんですよね。今振り返ってもまだ答えが出ていない、コロナのよくわからなさを描きたかったので。まぁ、もうちょっとオチのあるショートショートがあってもよかったかなと思いますけどね。
――全体の構成で言うと、「ラジオのコロナ」という脚本形式の短編も異彩を放っています。このスタイルを取り入れたのはなぜでしょう。
やしろ:手を替え品を替え、ちょっとでも角度の違う短編を見せられたらと思ったんです。でも、どういう風に書き方を変えたらいいのか、よくわからなくて。そこで、自分が一番書きやすい方法を考えた時に、ラジオを題材にした脚本のような短編はどうだろうと思いました。最初はひとつだけのつもりが、「3部作にしたらどうですか?」と編集さんからご提案をいただいて、全3幕の脚本にしたんです。
――この3部作は、ラジオパーソナリティー、ラジオ作家、ラジオディレクターの3人が登場する舞台脚本になっています。ちなみに、パーソナリティーの名前は浜崎さんですが、これはやしろさんがラジオ番組『Skyrocket Company』で共演されている、浜崎美保さんから名前を取ったのでしょうか。
やしろ:そうです(笑)。一緒にラジオをやっている浜崎さんですね。
――1幕、2幕、3幕と進むにつれて、徐々に社会の状況も変わっていき、第3幕ではパーソナリティーのラジオに対する熱い思いも語られていました。やはり、長年ラジオパーソナリティーを務めているやしろさんの思いもこもっているのでしょうか。
やしろ:あの辺は嘘ですね。僕の気持ちじゃないです。
――え!? 「僕はラジオが心から大好きなんです」といったセリフもありましたが、それはやしろさん自身の思いではないんですか?
やしろ:途中まで書いたところで、担当編集さんに「もうちょっと読後感のいい話を」って言われたんですよ。21、2本目まで、ちょっといい話みたいなものがほとんどなくて。自分でもハッとして、「確かに」と思ったんですね。それで、コロナ禍を経て変化したこと、気づいたことについて、急いで4、5本書き足しました。だから、「ラジオのコロナ」第3幕のセリフは、あくまでも登場人物が抱いている思いです。僕自身は、こんな風には思ってないです(笑)。
――素のままで書くと、ウィットに富んだ作品、皮肉の効いた作品になりがちなんですね。ギタリストの父と小学生の娘を描いた「世界一のギタリスト」は、とても温かい話だなと思いましたが。
やしろ:この短編は、早い段階からありましたね。人々の生活様式やルールが変わったことで、良い方向に転がる話は、どのみちひとつは書きたかったので。それで「世界一のギタリスト」を書きました。さっきもお話ししたように、僕は山本周五郎さんが好きなんです。山本さんの作品のように、ちょっとうだつが上がらない不器用な男性が、最終的にちゃんと評価される話が書きたくて。あと、マンガでは松本大洋さんの『花男』が一番好きなので、せっかく初めて小説を書くなら、山本周五郎作品と松本大洋さんの『花男』へのリスペクトやオマージュを入れたかったんです。なので、主人公や登場人物の名前も、その辺りにちなんでいます。これ以外のちょっといい話は、全体のバランスを取るために入れました。
今なお答えが出ないコロナ。答えを出そうとすることの意味のなさも実感した
――全25本の短編が収められていますが、時間をかけて苦労しながら書いたようですね。
やしろ:そうですね。途中で舞台のお仕事とかドラマの脚本が入った時は、ワーッとなってしまいました。でも、ありがたいことに待っていただいて、途中で休みを入れつつ1年半かけて書きました。いろんな設定を考えるのが、苦しかったですね。結局書かなかった題材や設定もありますけど、どれを使うかすごく悩みました。
――コロナというひとつのテーマに絞ったことで、かえって大変だったのではないかと思います。
やしろ:コンセプト短編集みたいなものだと思うんですよ。最初はコロナだけにテーマを絞ったほうが設定を考えるのが楽かなと思ったんですけど、15本目くらいから厳しくなってきて。自分で自分の首を絞めたなと思いました(笑)。編集さんも、途中から「これはもう、絵とかたくさん入れましょうか」みたいなことを言い出して(笑)。そうしないと、1冊の本にまとまるほど数がそろわないと思ったんですよね。僕も、これは多分ダメだなと思いました。
――それでも、こうして25本の短編を書き上げました。どうやって苦労を乗り越えたのでしょう。
やしろ:やっぱり時間をかけて待っていただいたのが、大きかったですね。「半年で書いてください」って言われたら、無理だったかもしれないです。言い方が難しいけれど、コロナ禍が収束しなかったというのも大きかったです。もちろんコロナが長引いてほしいなんて思ってませんけど、時間が経てば経つほど世の中にはいろいろなテーマがどんどん生まれてくるので。ワクチンの話もそうじゃないですか。
――ネタバレになるのでどの短編かは言いませんが、ワクチンの副反応に関する短編がありましたね。
やしろ:僕自身、ワクチンを打ったら丸2日くらい痛みで眠れなくなってしまって。皆さんそれぞれ副反応の出方が違いますけど、僕は熱ではなくて腕が折れたんじゃないかと思うほど痛かったんですよね。ワクチンを打った側の腕を上にしても、それでも痛みで全然寝られなくて、頭がおかしくなるんじゃないかと思いました。で、だんだん痛みでラリってきて、すっごいテンション上がってきて。それをそのまま書いたんです(笑)。
――この短編集を書いたことで、新型コロナウイルスに対する考え方は変わりましたか?
やしろ:答えがないし、答えを出そうとすることの意味のなさをより感じました。まぁ、個人で答えを出すしかないんですけど、僕自身は出す必要ないかなと思って。
――やしろさん自身は、コロナ禍で生活の変化、気持ちの変化はありましたか?
やしろ:行動に関しては、皆さんと一緒だと思います。マスクをするようになったし、外に出る回数も減りました。気持ちの変化はまったくないですね。だからこそ、コロナ禍で気持ちが変化した人たちは、どういう思いなんだろうと考えて。客観的にコロナ禍の変化を見ていられたのは不幸中の幸いかもしれません。
――タイトルの『あの頃な』は、コロナとかけているんですよね。このタイトルに込めた思いをお聞かせください。
やしろ:よく「あの頃なー」って言う人、いますよね。「あの頃なー、よかったよなー」って言う人、嫌だなって思ってるんですけど。まぁ、でも過ぎ去ったことを振り返るって意味ですよね。コロナ禍については、今後どうなるのか今はまだわかりません。何年後かに振り返ったら、もしかしたらコロナ禍ってまだマシだったと思うかもしれないじゃないですか。「あのコロナの時、まだ飲みには行けてたよな」「一緒にメシ食いに行ってたよな」っていう可能性もある。そういう意味もすべて含めての『あの頃な』です。僕としては「世の中、良くなれ」という願いは欠片もないし、「悪くなれ」とも欠片も思っていません。まだコロナ禍で苦しんでいる人もいるわけですから、できるだけ客観視して、気持ちをなるべく入れずに書きました。そうじゃないと、書けなかったと思います。
――今回小説に挑戦したことへの手ごたえは? また小説を書いてみたいという思いはありますか?
やしろ:「文字を書くのって面白いな」と思いました。もちろん、同じくらい「難しいな」もありますけど「面白いな」って。これまで「これはコントで表現できるな」「これはドラマで表現できるな」「これはおしゃべりに合ってるな」とネタを振り分けてきましたけど、「あ、これは文字が一番合ってるな」というものもわかってきて。今までは「ドラマでいつかやりたいな」「舞台でやりたいな」と考えていましたが、「あ、小説にすればいいのか」と、ひとつジャンルが増えたんですよね。小説を書いたことで、またひとつ広がりができたのかなと思います。