マンボウやしろ「ラジオで誰かを救おうなんて考えてない」コロナ禍で届け続けたリスナーの声
更新日:2022/3/14
TOKYO FMのラジオ番組『Skyrocket Company』でパーソナリティーを務めつつ、舞台やドラマの演出・脚本家として才能を発揮するマンボウやしろさん。このたび上梓した初小説『あの頃な』(角川春樹事務所)では、コロナ禍の社会を舞台に色とりどりの25編を描いている。執筆にあたっては、日々ラジオパーソナリティーとしてリスナーの声に耳を傾けているやしろさんの経験も生かされているそう。『あの頃な』から話題を広げ、コロナとラジオについてお話をうかがった。
(取材・文=野本由起 撮影=島本絵梨佳)
ラジオで届け続けたリスナーの怒り、分断された声
――初小説『あの頃な』には、コロナを背景にした25本の短編が収められています。中には、ラジオパーソナリティー、ラジオ作家、ラジオディレクターの3人が、コロナ禍のラジオ局で狂騒を繰り広げる脚本形式の短編「ラジオのコロナ」も。やしろさんは、TOKYO FMのラジオ番組『Skyrocket Company』でパーソナリティーを務めていますが、コロナ禍ではリスナーからどんな声が届きましたか?
マンボウやしろさん(以下、やしろ):はじめのうちは、皆さん多少パニック状態でした。やっぱり環境が変わったり、お仕事が大変になったり、いろいろな変化があったんでしょうね。ネガティブな方が急激に増えたし、届く声も攻撃的になりました。
――そういった中、やしろさんは番組を通じて日々声を届け続けています。どんな気持ちで番組を作っているのでしょう。
やしろ:コロナ禍が始まった序盤は、スタッフさんと「とにかく先回りしよう」ってことしか話していなかったですね。「2週間後には、こういう空気感になってるかもしれない。だから事前に準備して、その空気に合った企画を考えましょうか」みたいな感じで。例えば緊急事態宣言が出るかもしれないという時には、「仕事も学校もリモートになるかもしれないから、おうちで楽しめるような企画にしましょうか」とか。2020年から2021年春くらいまでは「とにかく先回りしましょう」と考えていました。
その後は「もう先回りはやめましょう。裏側を取りに行きましょう」という話をしていました。世の中やメディアが「今はいい時期ですね。楽しいですね」という空気の時は、つらい人をピックアップする。世の中が閉じてつらい時は、番組の中では楽しいことだけをピックアップする。2021年春以降は、とにかく裏の準備をしていましたね。
――世の中の空気を読みつつ、戦略的に番組を作っていたんですね。
やしろ:僕個人は、仕事としてコロナ禍にどう対応するかってことしか考えていなかったですね。「こういう局面になったら、社会にどういう動きが生まれるのかな」と考えて、「それによってどういう人が困るのかな」「皆さんはどういう気持ちになるのかな」と想像はしますけど、すべて仕事のため。誰かを救おうなんて考えているわけではありません。
――短編「ラジオのコロナ」は、第1幕から第3幕の3部構成です。第1幕では、緊急事態宣言下で人々の生活に影響が起きて、リスナーが殺伐としていく様子も描かれています。
やしろ:実際そうだったんですよね。何をやってもクレームが来るんで、ちょっと病みました。これはほんと、短編に書いたとおり。いや、これよりもひどいクレームも来ましたね。医療従事者を応援しようという空気になると、「なんで保育士を無視してんだ」って保育士さんが番組宛にめちゃくちゃキレた書き込みをしてきて、ちょっとびっくりしました。「医療従事者のことが嫌いになりそうです。どうして医療従事者だけがこんなに優遇されているんですか?」って書かれて、「え!?」となって。制作スタッフとも読もうか読むまいか話し合って、結局「やっぱり読むか」となりました。
で、読んだら今度はスーパーでレジを打っている方が、「はぁ?」ってめちゃくちゃキレてくるんです。「スーパーのレジ打ち、すげぇ嫌なんですけど。儲かってるのは店だけで、俺たちには全然お金が入らない。しかも、マスクもしないで来るヤツがいる。どうしてメディアは取り上げないんだ」って。もうメディアに対する怒りがすごいんですよ。それを取り上げると、また別の方からもバンバン怒りの声が届く。「ラジオのコロナ」では1、2カ月間のことを1回の放送での出来事として書きましたが、これはけっこうリアルな話です。
――怒りを受け止めるほうもつらいでしょうね。
やしろ:きつかったですね、はい。
――でも、読むべき意見は読まなければならない。
やしろ:そうですね。どの書き込みを読むかも迷いました。すべての職業について、メールが来るたびに読むのか、それとも医療従事者の声だけにとどめるのか。要は、どういう番組にするかですよね。僕らは全方位に向けて発信しようというもともとのコンセプトがあったので、逃げずにすべての職業について追いかけることにしました。
――その後、リスナーさんの怒りが収まったり、届く声が変わったりしたタイミングは?
やしろ:時間が経てば、やっぱり落ち着いてきましたね。はじめは世の中がどうなっていくかわからないし、みんな怒りを溜めているので、いろんな人に当たるんですよね。スーパー、薬局、飲食店の店員さんに当たって、怒りの連鎖がずっと起き続けていました。それが落ち着いてくると、リスナーさんに限らず世の中全般が「コロナって何なんだろう」となっていく。それぞれの見解がどんどん細分化されていき、今もそれが続いているんだと思います。
正解に近い言葉を、リスナーに投げかけるだけ
――コロナ禍では、ラジオを聞く人も増えたようです。やしろさんは、ラジオが果たす役割についてどう考えていますか?
やしろ:何も考えてないです(笑)。僕、学生時代からラジオを聞いていたわけではなくて。仕事として、10代向けのラジオを担当することになったんです。
――TOKYO FMのラジオ番組『SCHOOL OF LOCK!』ですね。
やしろ:そうです。やってみると、他のメディアよりはリスナーとの距離が近いなと思いました。で、聞いてくれる10代の子たちを純粋に好きになって。やっぱり好きな人には、手を貸すじゃないですか。目の前で転んだら、手を出すじゃないですか。そういう感じで、別に世の中のために何かしようとは思っていなくて、単に転んだ人がいたら手を出す、みたいな感じでした。ラジオをやっている間、そういう状態がずっと続いているだけで、僕自身はラジオの役割なんて考えたこともなければ、そんな思いでスタジオに行ったこともないです。
――逆に、そういう姿勢が支持されたのかもしれません。
やしろ:あとは、生きててもつまんないなって思ってる人を、「楽しいよ」って1日2時間だけ騙す。大人だから、ちゃんと詐欺してあげる。その気持ちだけは全力でした。でも、それがラジオの役割かどうかはわからないです。自分の役割として、騙すことだけはちゃんとやろうと思ってたってだけで。
でも、今やってる『Skyrocket Company』は社会人とか不特定多数に向けた放送だから、大きな気持ちはひとつもないですね。その日、書き込みが来て「こういう思いをしてる」って人がいたら、そういう人に向けて喋ったり、曲流したりするだけ。そのための準備はちゃんとしてるし、「そういう気持ちでいていいよ」って思えるように生活してますけど。
――ラジオのパーソナリティーは、熱い気持ちを持った方も多いですよね。でも、やしろさんはそういうタイプではない。
やしろ:僕はまったく違いますね。だから、そういう人たちに申し訳ないなと思いますね(笑)。オファーを受けて、その時期たまたまラジオやってるだけの人間なんで。
――そういうやしろさんのラジオ番組が、長く続くというのも面白いですね。逆に言えば、そういうスタンスだから続くのでしょうか。
やしろ:だからだと思います。僕、番組の中で自分のことを話す必要はひとつもないと思ってるんで。「今日、世の中に足りてない言葉はなんだろう」「1日働いて嫌な思いして帰ってきた人が、17時過ぎに聞きたいのはどういう言葉かな」「この後はこの曲をかけるから、こういうメッセージを伝えたほうが曲が入ってきやすいかな」とか。もう、ほんとAIみたい(笑)。でも、僕はそれでいいと思っているんですよね。ラジオに関しては、自分の意見を発信したいとはまったく思っていなくて。毎分毎秒、正解に近い言葉はあるので、それを考えて喋るだけです。