『1122』『チ』… 宇垣美里さんが選んだ傑作マンガ集&エッセイ『今日もマンガを読んでいる』に込めた思いとは?

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更新日:2022/3/2

©︎文藝春秋

 2019年から始まった、週刊文春の連載「宇垣総裁のマンガ党宣言!」。宇垣美里さんがこれぞ今読むべしというマンガをお勧めし、ときに時事問題をまじえて熱く語りたおす同連載が、『今日もマンガを読んでいる』(文藝春秋)とタイトルを変えて書籍化された。「つらいときは自分がマイメロになったつもりでやり過ごす」というマイメロ論で話題を呼んだ『Quick Japan』巻頭エッセイをはじめ、TBSアナウンサー時代に執筆したエッセイ8篇も特別収録した同書について、宇垣さんにお話をうかがった。

(取材・文=立花もも)

宇垣美里さんの心を動かした安住紳一郎アナの言葉

――読んでいると、文章の熱量と密度に、宇垣さんが本当にマンガを愛しぬいていることが伝わってきます。

宇垣美里(以下、宇垣さん):連載のお仕事はいくつかやらせていただいているんですけど、「宇垣総裁のマンガ党宣言!」はその中でもカロリー消費の高いもののひとつで。マンガを紹介するということは、作者はもちろん、そのマンガを愛している他のファンにも恥ずかしくないものを書かなければいけないということなんですよね。文字数も決して多いわけではないから、毎回どうまとめようかと四苦八苦。自分の語彙力のなさに悲しくなりながら締切の日にどうにか送る、というのを繰り返してきたので、こうして一冊の本になるほど続けてこられたことが感慨深いです。我ながらよく頑張ったなあ、と。

――連載第1回で紹介するのは『カードキャプターさくら』。自己紹介代わりの一冊とのことですが、宇垣さんは『美少女戦士セーラームーン』に対する思い入れもかなり深いですよね。なぜ『カードキャプターさくら』だったんですか?

宇垣さん:『美少女戦士セーラームーン』は、マンガだけでなく、アニメ版のオリジナルエピソードに対する思い入れも強いので、シンプルにマンガ紹介はできないな、と思ったんです。『カードキャプターさくら』も、初めは小学2年生の頃にアニメを観て好きになったんですけど、思い入れの強いエピソードはほとんど同じでしたし、CLAMP作品にハマるきっかけとなった作品でもあるので、最初に紹介させていただきました。かわいい女の子が自分の大切なものを守るために一生懸命戦う姿がすごく印象的だったのと同時に、いろんな愛の形をフラットに描いていることが本当に衝撃だったんですよね。

――年齢や性別、ときに種族も超えた恋と愛の形を、前置きなしに“そういうもの”として描いた作品は、あの当時、ほとんどありませんでしたしね。

宇垣さん:どんな形も大層なものとして描くのではなく、「私があなたを好きなように、この人もあの人のことが好きなんだね」という理解が当たり前に存在している世界観に触れて育ったから、私もあまり偏見を持たずに生きてこられたのかなと思います。もちろん、今の倫理観に照らし合わせたら、それは正しくないのではないか、という表現もあるにはあります。でも、こんなにも優しい世界が、少なくとも作品の中には存在しているということに、私は読んでいてホッとしたし、その優しさを持って生きていきたいなと強く感じましたし、今でも、疲れたときや心がくさくさしたときに読み返すと元気が出る。ちっとも古びるところのない、すばらしい作品だと思います。

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――2回目に紹介された『私の少年』も、定型にとらわれない愛の形を描いた作品でした。

宇垣さん:いつも、そのとき読んで「いい!」と思ったマンガを紹介しているので、テーマが近くなったのは偶然ですけどね。30歳の独身女性と12歳の男子小学生の関係……人によっては抵抗を覚えるでしょうし、どう転んでもおかしくない設定だと思うのですが、ぜひたくさんの人たちに読んでいただきたいなと思いました。

 誰かを「好き」になったからといって、その関係性が必ずしもひとつの形に集約していくはずがないのに、人はどうしても肩書や属性によって、色眼鏡で見たり決めつけたりしてしまう。そんななかで2人は、どうすればお互いを大切に想う気持ちを守っていけるのか、客観的に自分たちの関係がどう見られてしまうのかも自覚したうえで試行錯誤していく。その過程で、改めて友人の大切さに気づいたり、家族の問題に向きあったりして、まわりの人だけでなく自分のこともちゃんと大切にできるようになる……それは「生きていくこと」の肯定でもあると、最終巻まで読み終えて思いました。本当に、優しさと美しさに満ちた作品です。

――著者の高野ひと深さんの最新作『ジーンブライド』も、すさまじい作品ですよね……。

宇垣さん:もちろん読んでいます! もう、女性にとっての“あるある”がギチッと詰め込まれていて、読みながら主人公と一緒に「あーっ!」って叫びたくなりました(笑)。今回も、設定というか物語のはじまりだけで受けいれづらさを感じる人も、いると思うんですよ。フェミニズムの香りが漂うというだけで、過剰に拒否感を示す人はいますからね。でも高野先生は、そこに真正面から切り込んで、私たちが常々感じているしんどさを力強く描いてくださった。それだけで救われる思いがしましたし、最高の作品だなと思っていたのですが……。

――1巻のラストで、思いもよらぬSF的展開が。

宇垣さん:そうなんですよ。この物語は一体どこに行くの? 高野先生版『わたしを離さないで』になるのかしら? ってドキドキしすぎて、続きが気になってたまりません。あまりにわかっていないことが多すぎる……というかきっと1巻は壮大な前振りにすぎないので、まだご紹介はできていませんが、2巻、3巻と重ねていったら連載でとりあげると思います。

――連載時にはまだ完結していなかったマンガでいうと、渡辺ペコさんの『1122』もありますね。

宇垣さん:婚外恋愛許可制(公認不倫)を導入した夫婦の物語ですが、「夫婦って、結婚って何だろう」という疑問が、完結してますます深くなりました……。ちゃんと、それぞれが納得した結末にはなっていますが、すべてが解決したわけじゃないし、新しい道を行くために互いにぐっと飲みこんだものもたくさんある。「結婚って、こんなに大変なん??」って、経験していない私にはやっぱりわからないことだらけです。誰かと一緒に、一生人生を歩もうと決めることって、こんなに大変なんだ……とか、でもそれでも一緒に生きていこうと思うのが結婚なのか……とか、未だにぐるぐる考えさせられます。対話の末、お互いに納得して別れることを決めた夫婦もまわりにはいるし、理屈ではわりきれないものをたくさん抱え込むのがきっと結婚というものなんですよね。大好きなマンガなんだけど、元気のあるときにしか読み返せない(笑)。たぶん「この人と結婚しようかな、どうしようかな」と思ったときに、改めて手にとるんじゃないかな。

――ご自身で、思い入れの深いマンガ……は全部だと思いますが、印象に残っている回はありますか?

宇垣さん:そうですね。『作りたい女と食べたい女』は、今このタイミングで読んで良かったなと思える作品でした。ただ好きで料理をしているだけなのに、すぐ「いい奥さんになれる」とか「モテ」とかに結びつけられることとか、ずっと言われ続けている呪いの話だと思うのですが、私は今読めたことで救われたし、この作品が多くの人に支持されているという事実も嬉しかったです。「やっぱりそうだよね!?」「あのときのあれは間違ってたよね!?」って過去に経験したもやもやを肯定してもらえた気持ちにもなりましたし。そういうもやもやを抱えている人たちを全部丸ごと救うぞ!みたいな作品に出会えたことが、幸せですね。方向性は全然違うけど、『チ。―地球の運動について―』も今読めてよかったと思える作品です。

――15世紀のヨーロッパを舞台に、異端・禁忌とされていた地動説を命がけで研究する人間たちを描いた作品ですね。

宇垣さん:ちょうど、コロナウイルスのワクチンを接種するかどうかが議論されていた頃だったんですよ。それ自体は個人の価値観なので強要するものではないですし、信念に基づいて行動すればいいと思うのですが、不信感を抱く人たちの間で、陰謀論みたいなものがまことしやかに流れているのを聞いて、ちょっと、しんどくなってしまって。専門家の方々がそれこそ人生をかけて研究し、積み上げてきた成果を、科学的な根拠もないのに「妊娠できなくなるらしい」とか言われるのは……どうしても、聞き流せなかった。前例のないことってやっぱり、信じてもらえないことが多いし、異端者として攻撃されてしまうこともある。それでも、社会で当たり前だと思われていることに流されず、自分が信じた正しさや美しさを貫いて邁進した人たちがいるから、今の世の中があるんだと思うんです。

『チ。』で描かれている状況と、今のコロナ禍がまったく同じだとは思いませんが、あの作品を読んで「私は打つぞ」という気持ちになりましたし、これからも科学を強く信頼したいと思いました。あとはシンプルに『僕らの地球の歩き方』とか『思えば遠くにオブスクラ』は、簡単に旅行ができなくなった今だからこそ、美しい描写を眺めるだけで、遠くに気持ちを飛ばすことができるので、すごくよかったですね。写真集を眺めるのもいいけど、マンガとして読むと、その土地に住んでいる人たちの生活を感じることもできるので。

――おかざき真里さんの『かしましめし』、池辺葵さんの『私にできるすべてのこと』を紹介されていましたが、お二人とも同時期に別の作品も刊行されていますよね。同じ作家さんでどちらの作品を紹介するか、検討する際の決め手はあるんですか?

宇垣さん:単純に、紹介する作品の候補を編集者さんに出すとき、タイムリーに読んでいたものを選んでいますね。でもおっしゃるとおり、同じマンガ家さんの別作品を紹介したくなることはあって……それこそ『ジーンブライド』は、どれくらい間隔をあけたら紹介していいんだろう? とか考えます。でもまあ、やっぱり、タイミングですね。ヤマシタトモコさんの『違国日記』なんかは、新刊が出るたびに良すぎて「うわーっ今書きたかった!」って思うんですけど……さすがにそれはできない(笑)。よしながふみさんの『大奥』はそうなるってわかっていたから、完結まで待ちました。想いが強すぎて、字数を大幅にオーバーしたのを、編集者さんに削ってもらいましたね。

――そういうこともあるんですね(笑)。

宇垣さん:それはもう頻繁に(笑)。私のまどろっこしい表現が削られて、洗練されていくのを見るにつけ「え、天才……」って思います。もうほんと、いつも反省ばかりなんですよ。作品に内包されているテーマが2つあったとして、私にとっては同列に感じるけれど、はじめて読む人に伝えるにはひとつを選んでしっかり押し出した方がよかったかもしれない。何度も読み返して感じることのできる良さは、私が書いて押しつけることではなく、読者の方々が自分で見つけるべきものなのかもしれない。ああ、どうして私は二行にわたって同じことを書いてしまったんだ! とか……。編集者さんたちのおかげでどうにか書きあがっている文章なので、一冊にまとまってみて改めて、一人ではたどり着けなかった場所だなというのを感じます。

――巻末には「拝啓、貴方様」というTBSアナウンサー時代に書かれたエッセイも収録されています。もともとは小説のオファーだったのを、誰かにあてた手紙としてなら書けるかもしれない……と始めた企画なんですよね。

宇垣さん:そうですね。だから、エッセイ調ではあるけれど、フィクションもいっぱい織り交ぜた内容になっています。もともと『三島由紀夫レター教室』や森見登美彦さんの『恋文の技術』みたいな書簡形式の小説が好きだったんですよ。いきなり完全なフィクションを書くのは絶対無理だけど、“私”を主人公にした手紙形式の読み物だったら書けるかもしれないな、って。もともと手紙を書くのは好きですが、あんなにも長々と書くことはないですし、いつもなら絶対に伝えることのない想いを言葉にするのは、自分の気持ちを整理整頓するという意味でも、とても心地がよかったです。

――それを踏まえて、次は完全なフィクションに挑戦したい意欲はありますか?

宇垣さん:いつか書けたらいいな、とは思っています。書くことは本当に好きなので、できるだけ続けていきたいし、増やしていきたい。マンガと映画、それから小説と、それぞれに評するお仕事をいただいていますが、やっぱり好きなことについて書くのって、とても楽しいんですよ。生きる上で、たくさんのものをもらってきた作品に、お返しするにはどうすればいいかと考えたとき、私は誰かにお薦めして買ってもらうことしかできないので。だからこれからも、こういうお仕事はどんどん増やしていきたいなと思っています。