スカウトや育成方法の秘密…元番記者が明らかにする25年ぶりの優勝の理由『オリックスはなぜ優勝できたのか』
更新日:2022/2/28
今、プロ野球で旬を迎えているチームはどこか、と問われれば、オリックス・バファローズと答える人が多いかもしれない。23歳にして球界のエースともいえる存在に上り詰めた山本由伸を筆頭に、宮城大弥や山岡泰輔など投手陣は若き実力者揃い。打撃陣も侍ジャパンの中心打者である吉田正尚や、昨季、本塁打王となり大ブレイクを果たした“ラオウ”こと杉本裕太郎など魅力ある選手の名が並ぶ。これだけの戦力を誇れば昨季のパ・リーグ優勝も納得である。
だが、そのリーグ優勝は実に25年ぶり。最後のリーグ優勝は、あのイチローがまだ22歳だった頃の話である。つまり、突発的に上位につける年はあったが、オリックスは長期にわたる低迷を続けていたのだ。本書『オリックスはなぜ優勝できたのか』(喜瀬雅則/光文社)は、タイトル通り昨季の優勝の要因を探るのが主旨の1冊。ただ、暗黒時代とも呼べる過去の低迷期についても詳しく触れている点も特徴である。著者の喜瀬氏はチームに密着していた番記者時代も長いだけに、本書で明かされる過去の内幕の中には、古いファンにとっても初耳というエピソードもあるはずだ。
プロ野球ファンにとって、2010年代のオリックスは不思議なチームで、オフの戦力補強で選手の名前や実績だけ見れば、優勝してもおかしくないと感じるシーズンが何度もあった。しかし、どうしても優勝には手が届かない。その理由も、本書のエピソードからはうかがえる。たとえば繰り返される監督交代。かつて監督を務めた森脇浩司は、シーズン途中での休養となった自身の責任を認め、球団の判断を受け入れつつも、ステップアップのプラン半ばで実質的に監督を退くことになったことに悔しさを滲ませている。優勝できない時期のオリックスは、とにかく監督交代が激しかった。腰を落ち着けてチームを少しずつ強化するという姿勢が見えなかった。つまりは球団に長期的視野に立ったヴィジョンが欠けていた、と本書は指摘する。
そんなオリックスにとって、昨季の優勝の大きなターニングポイントになったのは、本書を読むと2014年にあるとわかる。この年、オリックスは、近年のパ・リーグを席巻してきたソフトバンクホークスの強化の過程をダイエーホークス時代から見てきた瀬戸山隆三が球団本部長に、加藤康幸が球団本部副本部長兼編成部長兼アマチュアスカウトグループ長に就任した。現場ではなく球団フロントの改革である。それは、ようやくオリックスが長期的ヴィジョンのもとに強化を図る号令となった。
チーム強化のノウハウをよく知る2人が手を付けたのは、的確な環境整備と選手の獲得・育成方針の転換。それについて当事者であった2人の言葉をもって生々しく解説している。
特にスカウトや育成については、選手の見方、レポート作成の方針の変化などが実に細かく解説されている。たとえば加藤がスカウトに求めたもののひとつが「表現力」。本書より引用しよう。
「彼らがどういう表現をするかというと、野球選手だったフィルターを通してしか表現できないんだ。分かるでしょ? この選手、どうって聞いたら、そこらへんにいる居酒屋の野球好きのおっちゃんと一緒だよ。『真っすぐはいいッスけど、変化球は少し甘いッスね』とかね。俺、そういうのは全然聞きたくない」
加藤は元選手が大多数を占めるスカウトたちに、主観的な評価に加え、必ず具体的かつ客観的な評価要素を用意することを求めた。たとえば50メートル走のタイムのような基本的な数字から、腿や上腕二頭筋のようなフィジカルのサイズまで。加藤は選手を観察、評価するうえで重要なポイントとなる「単語」を30近くも挙げ球団のスカウトスペースのホワイトボードに貼ったという。当たり前といえば当たり前のように聞こえる。しかし、逆説的にそういったことすら、以前のオリックスでは行われていなかったのだ。
こうしたスカウト、ドラフト会議による選手獲得とその育成の変化は、オリックスを確実に強くした。本書には前出した山本や吉田、杉本といった優勝の原動力となった選手たちの獲得と育成のエピソードも「改革の答え合わせ」的にたっぷりと触れている。オリックスファンは再びリーグ優勝の余韻に浸れる1冊といえるだろう。
文=田澤健一郎