かつては介護を担う「孝行嫁」を自治体が表彰!? 上野千鶴子が目指す「安心して弱者になれる社会」とは

社会

更新日:2022/3/2

最後の講義 完全版 上野千鶴子 これからの時代を生きるあなたへ安心して弱者になれる社会をつくりたい
『最後の講義 完全版 上野千鶴子 これからの時代を生きるあなたへ安心して弱者になれる社会をつくりたい』(上野千鶴子/主婦の友社)

 あなたは育児や介護を含む「主婦の家事労働」をお金に換算するといくらになるか考えたことがあるだろうか。1997年に経済企画庁(当時。現、内閣府)が発表した「あなたの家事の値段はおいくらですか? ―無償労働の貨幣評価についての報告」によれば、その額は年収276万円。算出根拠を無視してざっくり日当で考えれば約7600円(家事は365日ある)、さらに睡眠時間を平均8時間として1日16時間働いたとすると時給475円(家事は四六時中スタンバイが必要)…この数字、ちょっと安すぎやしないだろうか?

 社会学者の上野千鶴子さんは、そんな女性たちに対する不当ともいえる評価とずっと闘ってきた大いなる先輩だ。上野さんの新刊『最後の講義 完全版 上野千鶴子 これからの時代を生きるあなたへ安心して弱者になれる社会をつくりたい』(主婦の友社)は、これまでの上野さんの研究をふりかえりつつ、日本社会には強固な男性目線が存在してきたこと(現在ももちろんある)、そしてそこにどうやって先輩女性たちが風穴をあけて社会を変えてきたのかを教えてくれる1冊だ。もともとNHKの人気番組『最後の講義』(2021年3月放送)の書籍化(未放映分を含む収録すべてを起こした上で加筆した完全版)とあって、日頃あまり「女性学」になじみのない人にもその発展の歴史をわかりやすく教えてくれる。

 もともと「主婦ってなあに? 何するひと?」という問いのもとに主婦研究(主婦を研究対象とする領域)からスタートしたという上野さんは、1990年に『家父長制と資本制』(現:岩波現代文庫)を発表。なぜ女の役割は家事・育児・介護と決まっているのか? いつからそうなのか? どんな効果があるのか? …さまざまに研究した結果、上野さんは「家事は不払い労働」と定義し、大いなるバッシングに遭遇したという。当時バッシングしてきたのは男たちかと思いきや、なんと「家事は愛の無償行為!」と信じる主婦自身からも激しかったというから驚きだ。「ワンオペ育児」が問題になったりする令和の今は、さすがに女性たちも不当な押し付けには黙ってはいないが、考えてみればそうした声を自然にあげられる社会になってきたのは、上野さんたちはじめ多くの先輩たちが闘ってきてくれたからにほかならない。

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 2000年に介護保険法が施行されたことを受け、上野さんの研究対象は「介護」になる。それまでは家の中の介護は嫁の仕事として、対価も評価も感謝もないのが当たり前。むしろそんな嫁を自治体が「孝行嫁表彰」するほどだったというブラックさだが、介護保険法の施行で少なくとも「介護は対価が必要」という認識は一般化しはじめた。だが、その介護の対価は決して高いものではなく、それは女性の労働に対する不当評価と根は同じ? 誰がどのように負担すればよい社会になる? …そんな新たな問いが噴出し続けている。

 当たり前だが私たちは誰もが老いるし、老いたら誰かにケアしてもらわねばならない「弱者」となる。上野さんは「フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想」と2019年の東大入学式の祝辞で述べてバズったが、私たちひとりひとりが安心して生きていける社会を作るためには、そんな思想をいまこそもっと多くの人が共有すべきなのかもしれない。本書はつねに時代の先端を走り続け、いまもこうして私たちに「新たな気づき」を与えてくれる大先輩からのエールでもある。しかと胸に刻んでおきたい1冊だ。

文=荒井理恵