「全国高校ビブリオバトル」の決勝が終了し、安堵したのも束の間。実希が作ったくじでトラブルが!? /珈琲店タレーランの事件簿7 悲しみの底に角砂糖を沈めて②
公開日:2022/3/13
累計235万部突破!『このミス』大賞人気シリーズ『珈琲店タレーランの事件簿』第7弾。岡崎琢磨著の書籍『珈琲店タレーランの事件簿 7 悲しみの底に角砂糖を沈めて』から厳選して全5回連載でお届けします。今回は第2回目です。「全国高校ビブリオバトル」での苦情を受け謝罪に訪れた、読裏新聞社社員・徳山美希。美希は事務局員として、「全国高校ビブリオバトル」のイベント運営を担当することになり、決勝大会当日、プレゼンの順番決めの抽選でトラブルが起こる。いったい誰がなんのために細工したのか!? 女性バリスタ・切間美星が珈琲店タレーランに持ち込まれる7つの謎を解いていく――。ビブリオバトル決勝大会で起きた実際の出来事をはじめ、日常にさりげなく潜む謎のかけらを結晶化した大人気喫茶店ミステリー『珈琲店タレーランの事件簿 7 悲しみの底に角砂糖を沈めて』。シリーズファンはもちろん、はじめて読む人も楽しめる短編集! 「全国高校ビブリオバトル」の予選で魅力的なプレゼンをし、決勝まで進んだ京都府代表の高校生・榎本純に注目していた実希。事務局員実希は、決勝大会の順番を決めるくじを作っていたが、そのくじにトラブルが起きる…。
※この物語は2020年1月に開催された全国高等学校ビブリオバトル決勝大会で実際に起きた出来事を元にしたフィクションです。出場された高校生の皆さんを疑う意図は作者にありませんことを、あらかじめご了承ください。
さっそくAブロックの出場者たちが本部に集まってきた。男女ともに三人ずつ、あからさまにそわそわしている生徒もいれば落ち着き払って見える生徒もいるなど、本番前の態度は千差万別だ。ちなみにもうひとつのブロックの生徒たちは客席に座って予選を観覧し、質疑応答や投票に参加することになっている。
ひとりめの出場者の女子が、プレゼンする本を手にステージ中央の演台の前へと歩み出る。プレゼンは出場者の好きなタイミングで始めてよく、語り出すと同時にステージ正面のスクリーンに映し出されたストップウォッチが作動する。五分経つと音が鳴り、プレゼンが強制終了となる仕組みだ。
トップバッターの重圧か、彼女が送り出した第一声は震えて聞こえた。プレゼンが始まるとわたしは、本部の長机の一部を陣取り、決勝戦のプレゼンの順番を決めるくじの作成に取りかかった。
用意したのは、十センチメートル四方の白いメモ用紙の束と、一桁の数字のスタンプ八個、黒のスタンプ台。メモ用紙を一枚ちぎって、中央に1のスタンプを捺し、四つ折りにして抽選箱に入れる。これを8まで八枚作れば終わりの、至って簡単な作業だ。急げば五分もかからない。
けれども高校生たちのプレゼンは、都大会を観覧したわたしの期待をはるかに上回るほど質が高く、わたしは何度もくじを作る手を止めて見入ることとなった。彼らは持ち時間を存分に活かし、内容をよく練っていることは言うに及ばず、アナウンサー顔負けの美しい発声と抑揚に適宜身振り手振りを加え、しかも五分間ぴったりで終えるなど、この日のためにたくさん練習を積んできたことがひしひしと伝わってきた。とても見応えがあり、どの本も負けず劣らず読んでみたくなる。
中でも特に印象に残ったのは、三番手に出てきた女子だった。
京都府代表、榎本純さん。すらりと背が高く、長い黒髪を白のバレッタでまとめている。一年生ながら大人びた雰囲気で、ブレザーよりスーツが似合いそうに感じられた。
ステージ中央に立った彼女が胸に手を当てて深呼吸をすると、それだけで会場の空気が引き締まった気がした。それから語り出した彼女の声は、張り上げるようでもないのに広い会場の隅々まで響き渡った。
「みなさんは、数について考えたことがありますか――」
彼女が紹介するのは、アメリカの数学者が著した『数のふしぎ』という本である。数字にまつわるさまざまな雑学を取り上げた本で、彼女は具体的なエピソードを披露しながら、聴衆をどんどん引き込んでいく。
「たとえば、あたしはこの予選で三番めにプレゼンすることになりました。3という数字には、こんな不思議な性質があります――」
予選の発表順は事前に決められ、出場者にも通告されていた。彼女はそれさえも取り込み、プレゼンの内容を充実させてきたわけだ。
最後まで一瞬たりとも飽きさせることなく、わずか二秒を残して榎本さんはプレゼンを終えた。いかにもプレゼン巧者という振る舞いではなく、ところどころ高校生らしい緊張も見え隠れしていたにもかかわらず、不思議とうまいと感じさせ、何よりもその本を読んでみたいと強く思わせるプレゼンだった。
質疑応答の時間に移り、会場からいくつかの質問が飛んでも、榎本さんはそつなく回答した。ユーモアがあったり、気の利いたことを言ったりするわけではなかったが、都度考えて誠実に答える様子は観客の印象をさらによくしたはずだ。
繰り返しになるが、ビブリオバトルの投票の基準はプレゼンが達者であるかどうかではなく、あくまでもその本を読みたくなったかどうかだ。けれども榎本さんのプレゼンを見終えた時点で、わたしは彼女が勝ち上がるだろう、と直感した。レベルが高い予選において、それでも本の魅力とプレゼンのすばらしさが見事に嚙み合い、彼女が頭ひとつ抜け出したように思えた。
出場者のプレゼンは進み、わたしは無事に八枚のくじを作り終えた。やがてAブロックのプレゼンがすべて終了し、観客による投票が始まる。入場する際に受け取った投票用紙に投票する出場者の番号を記し、それを会場にいる回収係のスタッフに渡す仕組みだ。別のスタッフが投票用紙を素早く回収して戻ってくるのを、わたしは本部にいながらながめていた。
Bブロックの予選開始まで、二十分の休憩になる。この間に出場者が入れ替わり、観客も次のお目当てのブロックの予選会場へと移動する。その休憩時間が始まると同時に、スーツのパンツのポケットに入れていたわたしのスマートフォンが振動した。
『徳山、そっちはもう終わったか』
相田局長である。
「はい、終わりました」
『小ホール①に観客が押し寄せ、椅子が足りなくなりそうらしい。確か、本部にパイプ椅子あったよな』
スマホを耳に当てたまま、わたしはあたりを見回す。隅にパイプ椅子が数十脚、畳んで立てかけられているのを見つけた。
「ありました、パイプ椅子」
『それ、小ホール①まで運んでくれないか。十脚あればいい』
「わかりました。わたし、そのままそっちにいたほうがいいですか」
『いや、運び終わったら本部に戻っていいよ』
電話を切る。一度に運ぶのは難しかったので、半分の五脚を持って小ホール①へ向かった。会場にいるスタッフに手伝ってもらって椅子を並べ、もう一往復して十脚を運び終える。