「全国高校ビブリオバトル」の決勝が終了し、安堵したのも束の間。実希が作ったくじでトラブルが!? /珈琲店タレーランの事件簿7 悲しみの底に角砂糖を沈めて②
公開日:2022/3/13
司会者の言うとおりだった。1、2、5、6を引いた出場者が一名ずついるのに対し、3と4を引いた出場者は各二名いた。あるはずの7と8のくじがなく、代わりに存在しないはずの二枚めの3と4があるのだ。
「そんな!」
わたしは叫び、ただちに抽選箱を確認した。しかし当然、中は空で、7と8のくじが残っているというようなことはない。
相田局長が寄ってきて、わたしの耳元でささやいた。
「徳山、おまえしくじったな」
「わたし、ちゃんと7と8のくじも作りましたよ! それに、3と4が二枚あるだなんて、何が何だか……」
「まあ落ち着け。くじなんて、順番が決まりさえすればそれでいいんだ」
局長になぐさめられても、わたしの混乱は収まらなかった。
ステージ上では出場者たちが当惑気味に、それでもくじに書かれた数字の順に並び直す。一番下手側が1を引いた板垣さん。二番は何の争いもなく、肝心の3と4も当事者どうしで譲り合うようにして並び、もめることはなかった。一番右端が6を引いた榎本さんである。
「決勝戦のプレゼンは、このような順番となりました! それでは出場者の皆さん、熱戦を期待しております!」
司会者が高らかに宣言し、出場者たちがステージの袖へと移動する。少し間をおいて、板垣さんが恐る恐るといった感じで演台の前へと進み、決勝戦が始まった。
わたしは依然、頭の中に多くの疑問符を浮かべていたものの、あんなトラブルのあとでも堂々とプレゼンする高校生たちを見ているうちに、少しずつ冷静さを取り戻していった。相田局長の言うとおり、順番さえ決まれば問題はないのだ。そして実際、スムーズに決まった。何が起きたのかは不明だし、スタッフ側に手落ちがあったことは否定できないとはいえ、大会運営に重大な支障をきたしたとも思えない。
決勝戦はあっという間に進み、ついに大トリの榎本純さんが登壇した。
スタッフという立場にありながら特定の生徒に肩入れするのはよくないのだろうが、それでもわたしは彼女に期待していた。予選を見た限り、彼女がチャンプ本の栄冠を手にする可能性は低くないと踏んでいたからだ。
ところがプレゼンが始まるとすぐ、わたしは榎本さんの異変に気がついた。
明らかに、予選に比べて落ち着きがない。目線は定まらず、声は硬くてやや聞き取りづらく、急に早口になったり、反対につかえたりする。見ているこちらがハラハラするほどで、結局時間を二十秒も余らせて、強引に切り上げるような形でプレゼンを終わらせてしまった。
予選とはまるで別人のようだった。これも、決勝戦の重圧なのだろうか。あるいは予選を勝ち上がったことで、緊張の糸が切れてしまったのかもしれない。わたしは気の毒に思い、ステージ袖にはけた彼女がいまにも泣きそうな顔をしているのを見ても、何と声をかけていいかわからなかった。
決勝戦の投票は、観客全員に配られたうちわでおこなわれた。投票したいと思った本のタイトルが呼ばれたら、うちわを持ち上げてステージに向ける。スタッフがその数を集計し、チャンプ本を決める。残酷な結果が出てしまう可能性に配慮し、出場者はステージ下手側の本部の奥に集められて、投票の模様を見ることを禁じられた。わたしも本部にいたために集計結果を知らないまま、その後の表彰式を迎えた。
「それでは発表します。今年の全国高校ビブリオバトル決勝大会、栄えあるチャンプ本に選ばれたのは――」
ドラムロールの効果音に続いて司会の芸人が読み上げたのは、決勝一番手の板垣愛美さんが紹介した本のタイトルだった。板垣さんは信じられないという様子で涙ぐみ、著者の男性作家がステージに現れる。著者の登場に驚いた板垣さんが作家から賞状を受け取ると、会場は拍手喝采となった。
ほかにも特別賞などいくつかの賞が発表されたが、最後まで榎本さんの名前が呼ばれることはなかった。彼女はうつむいて唇をきゅっと結び、悔しさに耐えているように見えた。
表彰式に続いて閉会式がおこなわれ、今年の全国高校ビブリオバトル決勝大会は幕を閉じた。トラブルもあったとはいえ、全体としては大過なく終えたと言えるだろう――わたしはそう思い、肩の荷が下りた気さえしていた。
閉会式後は、決勝進出者全員で記念撮影となった。しかし、相変わらず榎本さんの表情が浮かない。撮影が終わったところで限界に達したのか、彼女はとうとう顔を手で覆って泣き出してしまった。
わたしはたまらず近寄って声をかける。「残念だったね」
榎本さんはわたしの顔を一瞥しただけで、また下を向いてしまう。その一瞬に見せた、潤んだ目がわたしの胸を裂いた。
「どうして、抽選箱をちゃんと管理しておいてくれなかったんですか」
自分が非難されていることに、わたしは気づくのが遅れた。
「……榎本さん?」
「順番決めのくじ引きであんなトラブルが起きなければ、あたしだってもっと落ち着いてプレゼンできたはずなのに……六番めだと思ったのにいきなりトリだと言われて、頭の中が真っ白になってしまって……」
声音には責め立てる鋭さよりも、重くのしかかるような恨めしさがこもっていた。わたしが言葉を失っていると、榎本さんはやはり顔を上げないままで、わたしを断罪する一言を放った。
「あなたのせいで、あたしは負けたんです」
榎本さんが泣きながら去っていく。わたしは引き止めることも、追いかけることもできずに、その場に立ち尽くしていた。