実希は出場者の高校生に聞き取り調査を開始。そしてトラブルの被害者に連絡すると意外な言葉が!?/珈琲店タレーランの事件簿7 悲しみの底に角砂糖を沈めて④

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/15

 翌日、わたしは出社すると、相田局長のデスクまで行き、調査をやめざるを得なくなったことを報告した。

「そうか……榎本さんにしてみれば、そんな風に感じるのも無理はないかもなぁ」

「わたしもそう思います。だから、彼女の要求を呑むしかありませんでした。こっそり聞き取り調査を続行するというのも、出場者どうしどこでつながっているかわからない以上、難しいでしょうね」

「悪かったな、徳山。犯人探しをしろだなんて、おれが余計な指示を出しちまったばかりに」

 局長は回転椅子に座ったまま、ばつが悪そうにこめかみをかく。

「それはいいんですけど……わたし自身、真相は気になってましたし。でも、これじゃあ藪の中ですね」

「ここまでの聞き取り調査で判明したことも、少しはあるんだろ。話してみろよ。誰かと議論することで案外、わかることがあるかもしれないぜ」

 局長が勧めるので、わたしは聞き取り調査の結果を報告した。といっても、有意義だと思われる証言は少ない。せいぜい新房くんと大地くんが互いの潔白を保証していることくらいだ。

「うーん……目撃証言はあてにできそうもないなぁ」

「犯人も人目を忍んだでしょうからね。しかしそうなると、こちらとしてはもうお手上げって感じで」

「なぜあんなことをしたのかっていうのが、やっぱり引っかかるよなぁ」

 犯人が7と8のくじを抜き、代わりに3と4のくじを足したことについて、局長は今一度言及する。

「どういう狙いがあったんでしょうね」

「むろん人にもよるだろうが、八人中三番手または四番手となれば、まあ悪くない順番だと感じるだろうな。逆にトップバッターやトリは、できれば避けたいと思う人が多いはずだ」

「異論はないですけど、だからと言って3と4を増やしたところで三番手や四番手になる確率が上がるわけではありませんよ」

 結局のところ、三番手や四番手を務めるのはひとりだけ。せいぜい3か4を引けたときに首尾よく動けば同じ数字の相手より先かあとかを選べるくらいで、トップバッターやトリになる可能性が低くなるわけでもなく、不正をはたらくほどのメリットがあるとは思えない。

「そもそも、出場者が抽選箱に細工できたのはAブロックの予選終了後、休憩に充てられた二十分間だけだったんだよな」

「はい。その点は確かです」

「しかしその時間にはまだ、どの出場者も決勝戦へ進むことは確定していなかったぞ。集計自体、全ブロックの予選が終わってからおこなわれたんだからな。なのにどうして、犯人は抽選箱に細工をしたんだ?」

「言われてみれば……くじ引きの直前に名前を呼ばれてステージに上がるまで、自分が決勝戦に進んだことを知りえた出場者はいませんでした。あの休憩時間に限らず、どのタイミングで細工がなされたとしても、予選の結果とは何ら関係がなかったことになってしまいます」

 犯人は、予選の勝敗がわからない段階で不正をはたらいたということか。予選に手応えを感じていれば、あるいは――。

 そこまで考えたとき、局長が意外なことを言い出した。

「いや、ひとりだけいるな。予選の結果が発表されるのを待たずに、自分が勝ち上がったことを知りえた出場者が」

「えっ。誰です?」

「板垣さんだよ」

 板垣愛美――決勝大会のチャンプ本に選ばれた本を紹介した女子だ。

「どうして彼女が?」

「板垣さんのプレゼンした本の著者が、会場に来ていただろう。彼女がそのことを、トークイベントよりも前に把握していたとしたらどうだ」

 ありえないことではない。事前に著者の顔写真を見ていた板垣さんが、会場でたまたま本人を見かけるだけで、その状況は成立する。もしくは、あの男性作家自身がSNSなどを通じて情報を漏らしていないとも言い切れない。スタッフからは一応、来場することは伏せるようお願いしてあったはずだが、したがうかどうかは作家の良心しだいだ。

「トークイベントの準備の際、登壇する作家の名前を書いた紙をテーブルの正面に貼っただろう。その紙を見て、板垣さんは思う。『あれ、会場にいるはずなのに、自分が紹介した本の著者は登壇しないのだな』と。そこから、自分は勝ち上がったのだという結論に至るのは難しくない」

 決勝戦で観客にバイアスがかかりかねない、または板垣さんのプレゼンに影響が出かねないので、著者を登壇させなかったというのは、ちょっと考えればわかりそうなことだ。

「なるほど。Bブロックの板垣さんになら、予選の会場は大ホールでしたから、抽選箱に近づく機会もありました」

「おいおい、混乱しているぞ。板垣さんが決勝に進んだことを知れたのは、一番早くても昼休憩の時間だ。二十分の休憩時間には、板垣さんはまだプレゼンをしてもいなかった」

「あ、そうでした……でも、そうすると板垣さんにはどのみち、決勝進出を知ったあとで不正をはたらくのは不可能だったことになりますけど」

 相田局長はあごに手を当て、束の間考えてから口を開いた。

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