実希は出場者の高校生に聞き取り調査を開始。そしてトラブルの被害者に連絡すると意外な言葉が!?/珈琲店タレーランの事件簿7 悲しみの底に角砂糖を沈めて④
公開日:2022/3/15
「板垣さんには、協力者がいた」
「協力者って?」
「決まってるだろう――著者だよ」
わたしは愕然とした。「まさか!」
「全国大会のチャンプ本に選ばれたら、著者にとってはいい宣伝になる。出場者に協力する動機としてはじゅうぶんだ。都道府県大会の結果はただちに公表されるから、全国大会出場が決まった時点で著者のほうから出場者にアプローチしてもおかしくはない」
「つまり、板垣さんと著者は事前につながっていた、と」
「あの作家さん、トークイベントには登壇させられなかったが、表彰式に出る可能性がある関係で、決勝戦が始まる前から本部に待機させておいたんだ。確か、その場所が――」
「パーテーションで区切られた、あのスペースですよ!」
出場者たちに姿を見せられないため、いわば閉じ込めておいたのだ。そしてほかでもないそのスペースに、わたしは抽選箱を移動させたのである。
「どうやら、だいぶ疑わしくなってきたようだな」
局長がニヤリと笑っているのは、この筋書きをおもしろく感じているからか。
「板垣さんと作家が共犯なら、トークイベントの名前の貼り紙を見るまでもなく、板垣さんは決勝進出を知りえたことになりますね。二人が大会中も連絡を取り合っていたとすれば」
「トークイベントに出演できないことをスタッフから伝えられた時点で、作家は板垣さんの勝ち上がりを知るわけだからな」
「さらにうがった見方をすれば、板垣さんは不正とは無関係だったとさえ考えられます。作家が板垣さんの予選通過を知り、独断で抽選箱に細工をしたのかもしれない。出場者を除いて唯一、不正をする動機も、その機会もあった人ですから」
と、ここまで来て疑問は振り出しに戻った。
「……でも、作家が板垣さんを勝たせようとしたとして、何で7と8を抜いて3と4を足したんでしょうね」
「そこなんだよなぁ」
恰幅のいい局長が背もたれに寄りかかったことで、回転椅子がギィと悲鳴を上げた。
「作家犯人説で説明はつく。くじを入れ替えたことについても、おれたちには思いもよらない理由が隠されているのかもしれない。けどなぁ……」
「目的がわからない以上、不正と断定することはできませんね」
「それこそ板垣さんとは何の関係もなく、単に作家が出来心でいたずらした可能性だってゼロではないからなぁ。作家っちゅうのは、なべて変わった生き物だから……とはいえ、だ」
局長は身を起こし、両足の太ももをパンと叩いて続けた。
「板垣さんの優勝に不正が関わっていたとなれば、とんでもない事態だぞ。大会が根底から揺るがされかねん。徳山、もしかするとおれたちは、パンドラの箱を開けてしまったのかもしれんな……」
優勝者の不正を暴けば、大会の価値を毀損するほどの大問題に発展するだろう。確かにこれはパンドラの箱だ。
「そう考えると、おれたちスタッフがこんなことを言っちゃいかんが、榎本さんから調査をやめるように言われたのは案外、地獄に仏だったりしてな」
素直にはうなずけないが、どちらにしても調査は進められない。局長との議論は臆測の域を出ないし、わたしたちが今後、真相にたどり着くこともないだろう。
「で、謝罪旅行は来週末だっけか。悪いな、交通費も出せないで」