実希はトラブルでの責任を感じ異動願いを提出するも、大会の不正調査で「犯人像」が見えてくる/珈琲店タレーランの事件簿7 悲しみの底に角砂糖を沈めて⑤
公開日:2022/3/16
「簡単なことさ。自分の引きたい数字のくじをあらかじめ作っておいて、手の中に隠し持ったままステージに上がるんだ。抽選箱の中にその手を突っ込んで、何もせずにまた引き抜く。そうすれば、希望する数字のくじを引いたように見せかけられる」
その手があったか。目から鱗が落ちる思いだった。
「つまり、犯人は3と4のくじを引いた二人ずつのうちのいずれか、ということになるね」
「普通に3と4を引いただけの出場者もいるんだろうからな。ただし、3が二枚ある時点で、4を引いたって四番手にはならないから、もしかすると犯人どうしはお互いの不正を知らなかったのかもしれない。4を引いた人は五番手か六番手を希望していた、とも考えられるけどな。ついでに言えば、くじが残り二枚になった段階で実希が抽選箱の中身を確認しているから、そのあとでくじを引いたGブロックとHブロックの予選通過者も犯人ではない」
わたしはこの推理にそれなりの説得力を感じた。しかし、一方で疑問も残る。
「3と4のくじを引いた出場者たちはいずれも、抽選箱には近づいていないよ」
「自分でくじを作るのは無理だったってことだな。ならこの場合も、協力者がいたと考えるしかなさそうだ。スタンプとメモ用紙を見つけたAブロックまたはBブロックの出場者の誰かが、くじを適当に作って、ほかの出場者に希望する番号のくじを与えたんじゃないか」
くじを作った本人も不正をするつもりだったが、決勝に残れなかったということか。結果的にくじを手にした出場者の中から二人が勝ち上がっただけで、もっと多くのくじが出回っていた可能性もある。
「この不正が効力を発揮するためには、渡したくじよりもあとの番号を抽選箱から抜いておかなければ意味がない。でないと順番がずれてしまう。だから、くじを作った犯人は抽選箱から、とりあえず7と8のくじを抜いておいた。本当は人に渡すくじの番号を抜くのが一番だけど、とっさの行動だったから、誰が何番を希望するかまではわからなかったんだ」
「要するに、適当に二枚抜いたら、たまたま二人が勝ち上がったってこと? ちょっとうまくいきすぎている気もするけど……」
「そうでもないさ。二枚というのは、いかにも適当に抜いたという感じの枚数だからね。たまたまくじを渡した人の中から二人が勝ち上がる、という偶然は起こりうる。配ったくじの枚数が多ければ多いほど、ね」
つまり不正に加わった出場者は最少でも三人、実際はそれより多いと考えられる、というわけだ。
「それが事実なら、優勝した板垣さんが不正をしたのと変わらないくらい、いやそれよりもはるかに大きな問題になるよ……わたし、胃が痛くなってきた」
「ま、しょせんはこれも臆測に過ぎないさ。いいじゃないか、どうせきみはもう、大会に関わるのをやめるんだろう?」
「そういう言い方をすると、意味合いが変わってくるじゃない。わたし、逃げ出したつもりじゃないのに……」
わたしが機嫌を損ねたからか、和将は腕時計を見て言った。
「そろそろ時間だ。僕は席を移るよ」
店員にことわって、和将がカウンター席へと移動する。わたしはこの店に入ったときよりもさらに重苦しい気分になって、榎本さんが来るのを待った。
約束の十六時を数分過ぎたところで、カランと鐘の音がして喫茶店の扉が開かれた。
「榎本さん。本日はお時間いただき、ありがとうございます」
わたしは立ち上がり、頭を下げた。三週間ぶりに会う榎本さんは、心なしかやせて見えた。彼女は軽く会釈して、さっきまで和将が座っていた椅子に腰を下ろす。
「遅れてすみません。近くまで来てたんですけど、お店が見つからなくて」
確かに入り口がわかりづらかった。気にしないで、と伝える。
わたしが注文をうながすと、榎本さんはカフェラテを頼んだ。店員がテーブルを離れたところで、彼女はぽつりとつぶやく。
「本当に、東京から来たんですね」
「はい。でも、このためだけに来たわけではありません」
これは正直に話しておいたほうが、彼女にとって精神的負担にならないだろう。意気消沈した様子の榎本さんに、わたしのほうから切り出した。
「あらためて謝罪させてください。このたびは、本当に申し訳ありませんでした」
テーブルに額がつくほど深く、腰を曲げる。たっぷり十秒ほど待ってから、榎本さんが放った言葉はどこか投げやりだった。
「もう、どうでもいいです。謝られたって、大会の結果は変わらないし」
許されたと解釈すべきではないだろう。京都まで来た程度では、彼女の心は動かないということだ。手ぶらでなくてよかったと思いつつ、わたしは顔を上げて報告する。
「大会を混乱させた責任を取って、活字推進委員会をやめることにしました。もう、わたしがあの大会に関わることはありません」
すると、さすがに榎本さんの瞳に動揺の色が浮かんだ。
「そうなんですね……」