38歳の平凡なサラリーマンがメイクに目覚めたら…? 自己改造したい男性の背中を押す『僕はメイクしてみることにした』

マンガ

更新日:2022/3/8

僕はメイクしてみることにした
『僕はメイクしてみることにした』(糸井のぞ:著、鎌塚亮:原案/講談社)

 自分史上最高の「私」でいたいと思うのは、女性も男性も同じ。だが、「美」を通して自分を労わったり、自信を持ったりしたいと思いつつも、周りの目が気になって躊躇している男性は意外と多いのではないだろうか。

 そんな方の背中を押すのが、『僕はメイクしてみることにした』(糸井のぞ:著、鎌塚亮:原案/講談社)。本作は、美容メディア「VOCE」で連載され、大きな反響が寄せられた漫画だ。

 どこにでもいる平凡なサラリーマンがメンズ美容の世界に飛び込み、メイクの楽しさや自分を労わることの大切さに気付いていく…という目を引くストーリー展開。自分磨きに励むひとりの男性の姿は、読者の「美」に対する価値観を変える。

advertisement

自分に幻滅したサラリーマンが美容の楽しさを知る

 多忙な日々に追われ、疲れ切っていた前田一朗は、ある日、鏡を見て驚いた。そこに映っていたのは顔色が悪く、目の下にはくっきりとクマがある、中年男性。若い頃とはすっかり変わってしまった“今の自分”を直視した前田は大きなショックを受け、どうしたらよいのかと悩み始める。

 ふと思い出したのが、スキンケアに励んでいた元カノの姿。そこで、仕事終わりにドラッグストアへ立ち寄った前田は、パッケージに記されている「しっとり」と「さっぱり」の違いに頭を抱えながらも、生まれて初めて化粧水を購入。肌をケアし始めた。

 すると翌朝、乾燥していた肌はもっちり。ケアすれば、ちゃんと答えてくれる…。そう感じ、嬉しくなった前田は洗顔料も購入しようと、再びドラッグストアへ。しかし、膨大な数の洗顔料を前に、どれを選べばいいのか…と困惑してしまう。

 そんな時、声をかけてきたのが、コスメ大好き女子のタマ。タマから洗顔料の選び方や正しい洗顔法を教えてもらった前田は彼女を「師匠」と呼び、交流を深めるように。タマのアドバイスを受けながら、ベースメイクやリップにも挑戦し、メンズ美容の世界へのめりこんでいく――。

誰でもメイクしてもいいし、しなくてもいい

 本作は男性にとって、実用書と言える1冊でもあると感じた。なぜなら、これぞという推しアイテムの商品名や価格が具体的に記されているからだ。

 どんな化粧品やスキンケア用品を選べばいいのか分からず、自分磨きを諦めてしまう男性もきっと多いのでは? だから、タマというキャラクターを通しその悩みを解決してくれる本作は、男性にとって心強い味方だと思う。

 また、登場人物がみな、美容に目覚めていく前田に肯定的ではなく、親友の長谷部は難色を示すというストーリー展開になっており、物語に深みが出ている。

 長谷部はベースメイクやナチュラルなリップを楽しみ始めた前田を否定し、大多数が思う「男らしさ」を押しつける。

“浮かれてるとこ 悪いけどさ それって何かメリットあんのか?”
“身の回りのこと ちゃんとしたいんだったら 誰が見ても まともな38歳の働く男らしいスタイルを俺が教えてやるって”

 こうした長谷部の台詞からは、世の男性が無意識のうちに背負ってしまいやすい「男はこうあるべき」という、男らしさの呪縛が垣間見え、男性ならではの「生まれ持った性による生きづらさ」を考えるきっかけにもなった。

 女性はメイクをすることが当たり前だと思われやすく、男性はメイクをしないものだと決めつけられることが多い。だが、メイクや美容を楽しむ・楽しまないは、もっと自由であっていい。

 メイクやスキンケアは本来、誰かのためではなく、自分の笑顔を増やすために行う行為。だから、性別関係なく、誰もが思い悩まずに自分の求める「美」を楽しめる社会であっていいのではないだろうか。

“メイクをして「見られる側」になることで、これまでいかに自分が「見る側」のつもりだったかを反省したのです。”

 作中に収録されている、原案を担当する鎌塚氏のそんなこぼれ話に触れると、誰かの「美」に対して向けてきた自分の眼差しや言葉を振り返りたくもなるだろう。

 誰でもメイクしてもいいし、しなくてもいい――。本作に込められた、この優しいメッセージが、男性はもちろん、美が苦痛になってしまった女性にも届くことを祈りたい。

文=古川諭香