伊藤潤二×実話怪談! 美少女ミミに迫る、実際に起きた「怪しい」出来事とは

マンガ

公開日:2022/3/13

ミミの怪談
『ミミの怪談』(伊藤潤二・著、木原浩勝、中山市朗・原作/朝日新聞出版)

 高い画力と物語の構築力によって、読者を独特の世界に引きずり込む伊藤潤二さんは、今やホラー漫画を語るうえで欠かせない漫画家である。今年、『伊藤潤二傑作集』アニメ化も正式に決定した。

 幼少期から楳図かずおさんの漫画に親しんでいたことを自ら明かしており、画風にその影響も感じられる。ホラー作品の優れた作り手であり、読み手でもあるのが伊藤潤二という漫画家の根幹をなしているのかもしれない。

 そして、実話怪談『新耳袋』(木原浩勝、中山市朗)も伊藤潤二という漫画家に大きな影響を与えた作品のひとつだったという。

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 この『新耳袋』を漫画化してほしいという依頼を引き受けた伊藤さんは、各話のエピソードをひとつにまとめたり、話をふくらませたりして魅力をより多くの読者に伝えた。タイトルは『ミミの怪談』(伊藤潤二:著、木原浩勝・中山市朗:原作/朝日新聞出版)で、1月20日、本作は単行本未収録作品も含めた完全版として刊行された。

 ロングヘアが印象的な関西方言を話す美少女・ミミが体験する出来事はすべて、日常の平和が突如崩される恐ろしさに満ちている。日常生活を送っているとつい忘れてしまいがちだが、平穏と不穏が隣り合わせであることは現実の人生でも同様だ。それを目に見える形で示してくれるのが本作の見どころだろう。

 着目したいのはミミや彼女の恋人の直人が方言を話すことである。

 あとがきでは、原作者の二人が大阪芸術大学出身であることから、漫画化にあたって著者があえてミミたちを関西方言にしたと述べられている。つまり、漫画、小説、映画などのエンターテインメント作品における方言は、生々しさやコミュニティにおける閉塞感を表したいときによく使われるが、本作にはそういった狙いはない。

 一方で読者は、本作における方言に安心感を見出す。

 方言を話している人物の行動が奇妙でも、それは「人間のすること」の範疇を超えておらず、不気味な雰囲気の人物も、方言を話していれば、だいたいが物語の中で起こる衝撃的な出来事に恐れをなして逃げる、もしくはそのエピソードでの犠牲者となる。彼らは人を超えた存在にはなりえないのだ。

 それでは、「標準語」(正確には東京方言)を話す登場人物はどうか。

 本作に収録されている漫画は一編を除きすべてミミが主人公で、ミミが登場する漫画の人物は関西方言を話している。その中で唯一、「海岸」というエピソードに登場する海の家で働く少女だけが「標準語」を話す。彼女が初めてミミと会話する場面を見ただけで不吉な予感で胸がいっぱいになる読者も多いのではないだろうか。

 本作で方言がもたらすのは、時に「絆」と称される人間関係の濃密さや日常性だ。登場人物すべてが方言で話していた世界に、日本で数多くの人が使う「標準語」の人物が現れると、それは無意識のうちに不吉なものの象徴として受け止められるのである。

 その効果もあり「海岸」は、予想外の結末を迎える他のエピソードと一線を画している。だんだんと忍び寄る恐怖が目の前にふっと現れ去っていくような、不思議な恐ろしさが読み終えてからも読者をとらえて離さない作品なのだ。

 方言の効用は著者も意図していなかったことかもしれない。ミミに感情移入して読み進める私たちは、ミミと異なる部分を持つ存在に敏感になるのだ。

 実話怪談が原作と聞いて「実際にあったことなのだから、怖いと言ってもそこまでではないはず」という思い込みを、漫画の展開だけではなく登場人物の放つ「言葉」からも覆していくのが『ミミの怪談』の凄みである。

文=若林理央