いきものがかり水野良樹が、 “清志まれ”名義で小説を発表!『幸せのままで、死んでくれ』に込められたものとは?
公開日:2022/3/14
国民的人気を博する音楽グループ、いきものがかり。そのリーダーかつメインソングライターとして数々のヒット曲を世に送り出してきた水野良樹さんが、“清志まれ”名義で小説家デビューを果たした。デビュー作として発表されたのは、『幸せのままで、死んでくれ』(清志まれ/文藝春秋)という作品だ。
自分は“運悪く”幸福に恵まれてしまった。ほとんどの人々がめくることを許されない稀な夢物語を、自分は与えられてしまった。それは幸運だった。幸運であることから逃れられない、あらすじだった。
主人公の桜木雄平は、品行方正なキャラクターで全世代から愛される人気キャスター。だが桜木は、自分のことを、誰かの夢物語を聞いているだけの人間だと思っていた。すぐそばに、華々しく夢をかなえた男がいたからだ。
桜木と中学から予備校まで同じだった三島裕人は、所属するバンドがメジャーデビューするという快挙を成し遂げた。桜木が「アナウンサーになりたい」というみずからの夢を語ったのは、そのデビューライブの夜だった。成功への階段をのぼりはじめていた三島は、桜木の話を対等な立場では聞いてはくれない。けれど桜木はそれでよかった。桜木もやっと、自分の夢を語れるようになったからだ。
採用試験でそんな経験を話すと、「アナウンサーという職業は、自分のことを語る仕事ではない」とベテランアナウンサーにため息をつかれたが、最終的には局アナの内定を勝ち取った。懸命な仕事ぶりで桜木が支持を得る一方で、三島のバンド活動はうまくいかなくなってくる。押しも押されもせぬ国民的人気キャスターと、夢を諦めたミュージシャン崩れの男。違う人生を歩みはじめたかのように見えたふたりがまた出会うとき、桜木は三島に、誰にも言えずにいた秘密を告白する……。
ワイドショーで著名人を見ていると、「あの人にこんな一面があったなんて」と驚くことがある。大物司会者の下積み時代、クールな役者の熱い恋、タメ口芸人の楽屋での礼儀正しさ。テレビという平面ではひとつの面しか見えないけれど、仕事相手の前で舌打ちを飲み込み、笑って見せた自分を思い出せばわかるはずだ。見えている顔ばかりが真実ではない。みなの言う幸福が、その人の“幸せ”だとは限らない。それはまさに、わたしたちが「曲をつくる人」だと思い込んでいた水野良樹さんが、「小説家・清志まれ」としての顔を見せることでも証明されている。
小説と同時に、この作品の“主題歌”として、著者本人による同タイトルの楽曲「幸せのままで、死んでくれ」もリリースされ、すでに本を手に取った読者からは「読んだ上で、改めて歌詞を見ながら曲を聞くとそういうことかと頷ける」といった声も。
「日本中から妬まれてもおかしくないほどの幸せを手にしたのに、子どもじみた自分探しを口にしている。こんな“ぜいたく”な悩みを誰が肯定するだろうか」──水野良樹=清志まれは、作中で登場人物にそう語らせている。新たな筆名は、日本中を曲で、詞で魅了してきた男が、小説にしか癒せないものもあると信じてつけたものではないか。読了後の今、そういう気がする。
文=三田ゆき