始まりの季節/前島亜美「まごころコトバ」㉔

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公開日:2022/3/18

前島亜美「まごころコトバ」

 春が近づいてくると、思い出す桜がある。

 広くない部屋の窓から見えるひっそりとした桜の木。

 窓から顔を出して風に揺れる桜を見た時、人生の新たな始まりを感じていた。

 16歳、高校生の時に寮生活をすることになった。

 もう8年も前になる。埼玉の田舎出身だった私は、都内の仕事現場まで、毎日片道2時間かけて移動する生活をしていた。

 朝一の現場には始発でも間に合わない、仕事が押せば終電が終わっている、時間がギリギリだからと、慌てて駅まで走って帰るのもよくあることだった。

 そんな通勤を5年も続けた頃、満員の電車に揺られながら、「東京に住めたらどんなにいいだろうなぁ」と漠然と考えていた。

 今いる場所から抜け出して、新しい居場所を作りたい。時間に追われず、自由に生きてみたいと思っていたのかもしれない。

 16歳の春、仕事の都合も重なり、都内の寮に住むことになった。

 仕事関係の寮などではなく、学生向けの普通の女子寮だった。

 寮長、寮母さんも優しく、「今日からここがお家だからね」という言葉に、見慣れない街と新たな生活に、心が踊っていた。

 生活に必要な家具がほぼ揃っていた寮の部屋。

 ゼロから始める一人暮らしよりはハードルが低かったが、“初めて1人で生きていく生活”が始まった。

 実家ではあまりやってこなかった家事。最初につまずいたのは洗濯だった。

 アパートの1階にあるランドリールーム。何台かある洗濯機を寮のみんなで共有し使う。

 洗濯機には無数のマグネットが貼ってあり、この号室が使用中だとか、次を予約中だとか、独自のルールやルーティンがあり、戸惑いながらも順番を待ち、いよいよ私の洗濯の番となった。

 実家とは違う洗濯機、たどたどしい手つきで、ボタンを押すも、何を間違えたのか洗濯を失敗してしまった。

 あわあわでびしょ濡れの洗濯ものを見ながら、誰に相談したらいいのかもわからず立ちつくし、これを毎日続けていくのか……と困惑した。

 たかが洗濯ではあったが、生活をするとはこんなに大変なのかと驚いたのを覚えている。

 寮では月曜から土曜まで食堂が開いていた。

「おはようございます」と声をかけてくれるお母さん方から、あたたかいご飯を受け取る。

 寮に住むたくさんの人が集まる場所だったが、誰かに声をかける勇気がなかなか持てず、ひとり黙々とご飯を食べては部屋に戻っていた。

 あいている時間に決まりがある食堂、間に合わなければご飯を食べることができず、夜はどこかで買って食べることの方が多かった。

 仕事帰り、門限を気にしながらコンビニでご飯を買い寮へ帰る途中、ふと孤独を感じた。

 肌寒く暗い道を歩きながら、わたしは「1人ではなにもできないんだなぁ」と。

 早く自立したい。早く自由になりたい。その気持ちだけが先行していて、もう仕事をやっているのだから、都内に通っているのだから、なんでもできるはずだと思い込んでいた。

 ここから、少しずつ始めていこう。

 わからないことだらけの慌ただしい毎日だったが、環境や生活スタイルに慣れていくとだんだんとできることが増えるようになった。

 自分の成長を感じられるのはとても嬉しいことだった。あんなに戸惑っていた洗濯もできるようになれば心地よく、寮での生活を楽しめるようになっていった。

 仕事から帰って、門をぐくれば「おかえり」と声をかけてくれる人がいる。

 寮長さんに「前田くん、荷物が届いているよ」と言われるたびに「私、“まえしま”ですよ」と毎度交わす他愛のない会話も楽しかったなと思う。

 あたたかい寮で過ごした経験があったから、私の生活の基盤ができた。行動すること、環境を変えることで得られるものは計り知れないなと思う。

 今はまだわからないこと、想像がつかないことも、いずれはできるようになる。やってみれば、なんとかなる。ということを知れたのは大きな自信となった。

 私にとって春は、勇気を与えてくれる季節だ。

 あたたかい気温と、華やかになる街並みから「なんでもやってみて」と背中を押されるような気持ちになる。

 今年の春はなにを始められるだろう。

 これからの1歩を、未来でほほえましく思えたらいいな。

第25回に続く

まえしま・あみ
1997年11月22日生まれ、埼玉県出身。2010年にアイドルグループのメンバーとしてデビュー。2017年にグループを卒業し、舞台やバラエティ番組などで活躍。またアプリゲーム『バンドリ! ガールズバンドパーティ!』(2017年)でメインキャストの声を演じ、以後声優としても活動中。

Twitter:@_maeshima_ami
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