山岸凉子、魔夜峰央、くらもちふさこ――「家」から浮かび上がる12人の少女漫画家の人生
公開日:2022/3/18
「家」と聞いて、何を連想するだろうか。多くの人にとって、家は寝たり食事をしたりする私的な空間であり、毎日の疲れを癒す場でもある。とはいえ2020年以降、新型コロナウィルスの流行によってテレワークを推奨する企業が増え、家が仕事場になった人も多いのではないだろうか。
もちろんコロナ禍の前から、家で仕事をしている人たちもいて、漫画家はその代表的な職業のひとつだろう。
画業で生計をたてられるようになると、生活をする家とは別に仕事場を作る人もいる。子どものころに住んだ家、多くの人に愛されている名作が生まれた家、漫画の世界観の土台となった家……。家は漫画家の人生を雄弁に物語る。
『少女漫画家「家」の履歴書(文春新書)』(週刊文春編/文藝春秋)は、「家」に焦点をあて、漫画史を語るうえで欠かせない12人の少女漫画家にインタビューした一冊だ。
たとえば少女向けギャグ漫画で歴代最長の『パタリロ!』(白泉社)を今も描き続ける魔夜峰央さんは、上京後の仕事場についてこう語る。
陽の光が好きじゃないものですから、雨戸は閉め切ったまま。そうすると一日三十二時間くらいの気分で作業できまして。
耽美的でダークな魔夜さんの初期の画風は、漫画制作時の環境も影響したのかもしれない。一方で、デジタル作画がなかったころの漫画家の仕事が過酷であったこともこの一文に表れている。
今年、画業50周年を迎えたくらもちふさこさんは、初の連載作が決まったころ、家族4人で3LDKのマンションに引っ越してそこが仕事場にもなった。締め切り前は和室を一室空け、アシスタントの若い女性たちが泊まる部屋にしたという。
締め切りで忙しくなるのは月の半分程度なんですが、その期間は女の子たちばっかりの合宿所みたいになっていました。ある日、母から「父がトイレにも行きづらくてかわいそうだ」と(笑)。
母親の言葉は家族で生活する家と仕事場を分けるきっかけになる。これも遠隔で漫画家のアシスタントができる今の時代なら起こらなかったことはずだ。
本作は時代と共に変わる漫画家と家との関わりを知ることができる。漫画家が住んでいた家の間取りを絵で掲載しているのも見どころで、これを見ると読者はスムーズに当時の生活空間をイメージすることが可能だ。
神話や実際の事件をもとにした怪奇漫画やバレエ漫画で一世を風靡し、独自の作風で50年前からずっと少女漫画界をけん引し続けている山岸凉子さんの章では、住んでいた家で起きた不思議な現象が語られ、実話怪談のように読むこともできる。山岸さんの漫画は家が物語の要になることが多いが、著作の構想を得た場所も自らが住む家だったようだ。
また、1969年のデビューから半世紀が過ぎ、日本最高峰の少女漫画家のひとりと呼ばれても、山岸さんにとって今も家は創作の苦しみと向き合う場であることも本章の内容から読解できる。
山岸さんは自身が漫画制作で心がけていることを語る。
今世の中で流行しているものを探して描くやり方もあるんですが、今流行っているものって、私にとってはもはや古いもの。みんなの想像を裏切らなければ、既成概念を壊す新しいものは作れないと思ってやってきました。
家について考えるとき、それはおのずと家に住んでいた人の人生や考え方につながる。つまり本作は「家」を通して、雲の上の存在だと感じていた漫画家の生き方や価値観を知ることができるのだ。
文=若林理央