瀬尾まいこさんの最新作『夏の体温』は、“友情の物語”――中学校教師だった過去の経験も作品に影響!?

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/18

 2019年に本屋大賞を受賞し、永野芽郁さん主演で映画化もされたベストセラー『そして、バトンは渡された』の著者で知られる瀬尾まいこさんが、3月18日(金)に最新作『夏の体温』(双葉社)を上梓した。「夏の体温」「魅惑の極悪人ファイル」「花曇りの向こう」の、出会いがもたらす奇跡を描いた3篇を収録。ダ・ヴィンチWebは、瀬尾さんに本作がどのようにして生まれたのかお話を伺った。「悪人が出てこない」と言われることが多い瀬尾作品において、今回登場する“悪人”の存在とは? さらに、中学校教師の経験もある瀬尾さんならではのお話も。

(取材・文=立花もも)

『夏の体温』(瀬尾まいこ/双葉社)

――今作に収録されている3篇はどれも「友達」がテーマになっていますね。

瀬尾まいこさん(以下、瀬尾さん):期せずして、そうなりました。3篇目の「花曇りの向こう」は2016年に発行された国語の教科書に寄せたものなので、関連はないはずだったんですけどね。「夏の体温」も「魅惑の極悪人ファイル」も、友情をテーマに書こうと思って書き始めたわけではないのですが、できあがったらそうなっていた(笑)。

――いつも、小説はどんなふうに書き始めるんですか?

瀬尾さん:「次はあれをテーマにしてみよう」とか「こういうことが書きたい!」みたいなことが常に湧いているわけではないんです。もちろん小説を書くのは好きだし、次も楽しい話が書きたいな、とはいつも思っていますけど。プロットも作らないので、思い浮かんだ登場人物のことを考えて、この子だったらどうするだろう、次にどんなことをするだろう……と考えているうちに、小説ができあがっているということが多いです。自分を投影することは、ほとんどないです。「あ、この子、こういうこと考えてたんだ!」と自分でも発見しながら、書き進めていく感じです。

――それは、瀬尾さんが中学校の先生をされていた頃、生徒たちを見守っているときの視点と似ているのでしょうか。

瀬尾さん:どうなんでしょう? でも確かに、生徒たちを見ながら「この子の明日はどうなるのかな?」と考えるのが楽しかったように、小説の中の人たちが「どんなこと思っているんだろう?」「この人たちはどうなっていくんだろう?」と考えるのが好きですし、書き終えたあとも、その後の彼らはどうなるんだろうとよく想像しています。

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――1話目の表題作「夏の体温」は、長期入院をしている小3の少年・瑛介が、低身長検査で短期入院している同い年の少年・壮太に出会う物語です。作中の治療の描写がとても真に迫っていました。

瀬尾さん:娘が3歳半検診のときに、あまりの小ささに先生が驚いていて、検査するのが当たり前みたいな空気のなか、何もわからないまましたんですけど……結果、8歳になった今も継続治療をしています。でも、悩みますよね。薬の副作用でしんどそうにしていてやっぱりかわいそうになりましたし、本人に聞いても、背が小さいことでどんな影響があるかなんてわからないから、入院がいやだということしかない。どの判断が正しいのかわからないまま、決めていかないといけませんから。背が小さいのは別に構わないんですけれど、生活する中で不自由が発生するとしたら、親としてできることはしてあげたいと思いますし。

――お母さんとしての瀬尾さんのご経験に基づくものだったんですね。

瀬尾さん:それと、病院に行くと、瑛介のように血小板の値が少ないとか、命に関わるような病気で長期入院しているお子さんもたくさんいるので、感じるところはありました。でも、親同士っていろいろ気を遣いますけど、子ども同士は病気の軽重に関わらず……というか互いの病状なんて何もわからないまま、普通に仲良くなっていくんですよね。それぞれがつらくてしんどいものは抱え込んでいたとしても、たとえ気の合わない相手だったとしても、子どもというのは同じ空間にいる相手の様子を当たり前に気遣うし、困っていることがあればさりげなくフォローするんだということを、教師の経験からも感じていました。そういうものが、性格も状況も違うけれど仲良くなっていく2人に表れたのかもしれません。

――病気に限らず、抱えているものの大小は他人と比べられるものではないし、それぞれ等身大にもがきながら生きているんだということが、瀬尾さんの小説ではいつも軽やかに描かれている気がしますが、それは意識していらっしゃいますか。

瀬尾さん:とくに強く思いながら描いているわけではないですし、私自身は日ごろ何も考えず、のんきに生きているんですが(笑)、人生につらいことのない人なんてたぶん一人もいない、とは思っています。どんな些細な痛みだって、しゃべり方ひとつでものすごく悲壮であるかのように不幸自慢することはできそうですし、それくらいの不幸はみんな何かしら持っているだろうなあと。

――2話目の「魅惑の極悪人ファイル」の主人公は、大学生小説家の大原さん。「悪い人が出てこなくてリアリティがない」と担当編集者に言われ、学内一腹黒と噂の「ストブラ」と呼ばれる男子を取材しにいく話ですが……瀬尾さんご自身も「悪い人が出てこない」とよく言われると。

瀬尾さん:インタビューのたびにそう言っていただくので、じゃあめちゃくちゃ悪い人を書いてやろうと書き始めたんですが、たいした極悪人にはなりませんでした(笑)。

――今、不幸自慢のお話を聞いて思ったのですが、瀬尾さんの小説に出てくる人たちは、いい人というより、自分のつらさを他人に責任転嫁しない人が多いですよね。瑛介は「なんで自分だけが!」ともっとまわりに当たり散らしてもいいのに、しない。大原さんも、自分に友達がいないことを「自分はブスだからと開き直ってまわりを遠ざけていたせいで、まわりの人たちが悪いわけじゃない」と冷静に内省している。

瀬尾さん:意識して書いているわけじゃないですが、他人のせいにできる人のほうが、たぶん、生きていくのはラクですよね。大原さんも「まわりが嫌な奴ばかりだから友達ができなかったんだ」と思えたほうが、きっと今よりラクになれる。でも、なんでだか、そうはできない。できないからしんどいし、悩みが絶えない。そういう人のほうが、世の中には多いような気がします。

――ああ、たしかに……。一瞬、他人のせいにしたとしても、けっきょくそうじゃないとわかってしまうから、悩み続けてしまうんですよね。

瀬尾さん:そういう意味でも、小説に書けるような悪い人って、私は出会ったことがないんです。特別いい人を書こうと思っているわけじゃないけど、みんな普通に他人を気遣っているから、他人のせいにもできないし、しんどさを抱え込んでしまう。ああ、でも……偽善者って言葉を使う人は、悪い人だなあと思います。

――今は腹黒と呼ばれているストブラが、高校時代は実は偽善者と呼ばれていたというエピソードがありました。

瀬尾さん:腹黒は、みんな当たり前のように使うし、キャッチーでかわいい言葉ですよね。でも偽善者って……偽善者にも出会ったことはないけれど、その言葉を使う人のほうがたぶん“善”ではないよなあ、とは思います。だって、誰かがいいことをしたのを見て、偽物だって決めつけるわけでしょう。たとえば、芸能人が多額の寄付をしたときとか。そう思うなら自分も募金したらいいのにな、と思う。ストブラのことを偽善者と呼んだ人たちはまたちょっと違って、ストブラに対する信頼が深かったからこその裏返しだったとは思うんですが。

――相手に対する期待や信頼が高すぎると、そんなふうに強い言葉で否定したくなってしまうのかもしれません。瑛介と壮太も、大原さんとストブラも、お互いに対する期待がそれほど高すぎず、適度な距離感があるところがいいですよね。だからといって相手を思いやっていないわけじゃなく、むしろ誰よりも相手を思って行動したりする。

瀬尾さん:自分のことならどうでもいいと思えることも、他人のことだと無性に腹が立つ、ってことはありますよね。自分の病気は治せないような気がするけれど、他人の病気ならきっと治ると信じられるし、そのためになんだってしてあげられるような気がしてしまう。それが押しつけになるのはよくないけれど、誰かのために動いたことが結果的に自分にとってプラスの刺激になっている、っていうのはすごく理想的だなと思います。2人ともラッキー、って感じの関係が。その相手を友達と呼べるのかどうか、深い関係を結べるかどうかは別として、そんなふうに誰かと触れあうことは決して損じゃないはずだと私は思います。

――瀬尾さんの小説を読んでいると、そういうフラットな相互関係が、きっと誰かと結べるはずだと信じたくなります。

瀬尾さん:ありがとうございます。ただ、道徳っぽいことはあまり言わないようにしなくてはと思っているので、そうならないよう気をつけながらこれからも小説は書いていきたいです。歳をとるにつれて、どうしても理屈っぽくなってしまうので、若かった頃より一層気をつけないと。とはいえ、一冊一冊に責任感をもって書かないといけないなというのも、最近は強く感じていて……。

 3年前に『そして、バトンは渡された』で本屋大賞をいただいたことで、こんなにもたくさんの書店員の方々が熱い思いで本を売ってくださっていたんだ、ということを知ったんです。田舎に住んでいるので、あんまり書店にも行かず、一人で内にこもって書いていたけれど、私一人で成立している仕事じゃないんだなということを、改めて痛感しました。だから……責任感と言うのは大げさだけど、支えてくださっている方々がいるということを忘れないようにしながら、これからも皆さんが楽しんでくださる小説を書いていけたらいいなと思います。