コミックエッセイ『そんな親、捨てていいよ。』が教える“毒親”からの逃亡指南

マンガ

公開日:2022/3/22

そんな親、捨てていいよ。~毒親サバイバーの脱出記録~
『そんな親、捨てていいよ。~毒親サバイバーの脱出記録~』(尾添椿/KADOKAWA)

「毒親」という言葉を、Twitterで検索してみる。親からの過干渉に悩むティーン・エイジャーから、過去の虐待に心を病んで大人になっても社会に適合できないでいるアダルトチルドレンまで、つぶやかれる「毒親」に関する声の内容はさまざまだ。親が子に与える心の傷とは、かくも癒やしがたいものなのかと実感する。

 エッセイ漫画『そんな親、捨てていいよ。~毒親サバイバーの脱出記録~』(KADOKAWA)を描いた漫画家・尾添椿氏もまた、毒親だった両親の過干渉や言葉の暴力から、深い心の傷を負った経験を持つひとりである。ひとりっ子だった作者は、幼少期に親の思い通りにならないことをするたびに、父親からは「椿ちゃんを置いてお父さんたちは海外で暮らそう」と脅され続け、それを嫌がって泣き叫ぶと母親からはあざけりの笑いを浴びせられていたという。

そんな親、捨てていいよ。~毒親サバイバーの脱出記録~

 年齢を重ねるごとに両親の虐待はエスカレート。ストレスから不眠症になってしまった作者は、処方された睡眠薬を親から取り上げられ、「お酒を飲めば眠れる」と無理やり飲酒させられたというから驚きだ。

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 高校を卒業しても進学も就職も許されず、親に縛りつけられて暮らしていたある日、作者は父から「家を継がせるために養子をとって育てろ。苗字を守るのがお前の使命だ」というめちゃくちゃな要求を突きつけられる。どこかで「親なりに自分を愛してくれているはず」と信じてきた彼女も、さすがにここで決定的に自分の親はおかしいということに気づく。

そんな親、捨てていいよ。~毒親サバイバーの脱出記録~

私の使命は私が決めることじゃないの?

 幼少期、親の暴言で反抗心をそがれ、どんなに理不尽な目にあっても言葉を飲み込んできた彼女が、ついに自我を貫くことを選んだのである。

 しかし、そんな彼女に母親は暴力をふるう。「殺してやる」と作者の首を絞め、作者は救急搬送されることに。

 救急隊員が「母親と口論になり…」と電話で報告する声を聞いた母親は、心外かのようにクスッと笑い、「私なんですか?」という言葉を漏らす。

 この時の母親の表情が絶妙だ。娘がそこまで追い詰められていても、「悪いのは私じゃない。娘!」という考えなのである。そこには「親として当然のことをしたまでだ!」という自信がのぞく。“毒親”は反省しない。だからこそたちが悪い。まさに“毒親”ここにあり! とでも言いたくなる一コマだ。

そんな親、捨てていいよ。~毒親サバイバーの脱出記録~

 作者は結果的に、身分証とお金を持って友人の家に逃亡。そのまま分籍をして自分だけの戸籍を作り、両親に対しては住民票の閲覧制限をかける手続きをして、きれいサッパリ毒親を捨てることに見事成功した。

 自身の毒親経験をつづった第1話の終わりに、作者は「捨て方を提示することで毒親に悩むあなたへ生き方のヒントを与えられたらうれしい」と力強く宣言する。

 親からの虐待エピソードを綴るのみの“毒親エッセイ”との違いはまさにそこにある。具体的なエピソードを通して毒親地獄から逃げ切るノウハウを教える指南書であることがこの本の肝なのだ。

“毒親”と一口に言っても、そのケースはさまざまだ。ケースが違えば逃げ方も対処もまた異なる。10人の毒親を持つ人々に取材したこの本は、親の借金や暴力、精神疾患、自殺など、幅広いケースに触れている。また、兄弟からの暴力=“毒きょうだい”からの逃げ方も描かれる。生活保護などの福祉サービスの受け方も指南しているので、親にすべてを奪われて何もない状態からでも逃げることはできると知ることができる。

“毒親”持ちの子供の一番切ないところは、「こんな親でも自分のことを愛しているはず」と信じてしまういじらしさにある。それがゆえに親の毒に気づかず、または気づいていても逃げ出すことができないのだ。

 それでもやはり、自分の人生は自分のもの。

 自分を傷つける親を自分から遠ざけることができるのは、自分だけだということもこの本は教えてくれる。

 単行本化にあたっての描き下ろし漫画で、結婚するまで毒親に気づかなかった女性のエピソードが綴られるが、その最後の一コマの言葉が印象的だ。

どんな家庭環境で育っても、自分の幸せを見つけることが解毒の大きな一歩でした

“一番愛をもらいたい人”=親から逃げ出さざるを得ない現実はつらい。

 けれども、この本の毒親サバイバーたちがみな、逃亡後に安心安全な暮らしを得て幸せそうな表情をしていることが救いだ。

 今現在、親の存在に悩まされている人は、「もう無理だ」と思った時は、この本を読んで、どうか“毒親”から逃げ切ってほしい。

 親から逃げることは親不孝なんかじゃない。毒親サバイバーの幸せな未来を願わずにはいられない。