植物研究に情熱を燃やす女性研究者と料理人の恋の行方は…『愛なき世界』を読書家たちはどう読んだ?

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/26

愛なき世界
『愛なき世界』(三浦しをん/中央公論新社)

 自分の「好き」を極めようと情熱を燃やす人を描かせたら、三浦しをんさんの右に出る者はいないのではないだろうか。植物の世界に魅せられた人々と、料理の世界を生きる青年。彼らの青春の日々を描き出した『愛なき世界』(三浦しをん/中央公論新社)に、今、多くの読書家たちが惹きつけられている。

 タイトルが意味するのは「植物」の世界。脳や神経のない植物には、思考や感情がない。つまり人間が言うところの「愛」という概念がない。だが、この本には、たくさんの愛が溢れている。感情を持たない「愛なき」植物の世界、その研究の世界が、愛情たっぷりに描き出された1冊なのだ。

 洋食屋で見習いとして働く青年・藤丸くんは、ある時、T大学の大学院生・本村さんに恋をする。だが、彼女は、シロイヌナズナという植物の研究に夢中で恋愛には一切興味がない。「愛のない世界を生きる植物の研究に、すべてを捧げると決めています。だれともつきあうことはできないし、しないのです」と、告白してもいきなりフラれてしまう始末だ。

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 働いている洋食屋の出前をたびたび届けることで、藤丸くんと本村さんとの交流は続き、次第に、藤丸くんは植物の世界にも興味を持ち始める。いくら説明を聞いても植物のことはわからないことばかり。けれども、確固たる信念で研究に情熱をそそぐ本村さんに藤丸くんはどんどん惹かれていく。そして、興味深く話を聞いてくれる彼の人となりに、本村さんもまた好感を抱くのだ。

「愛なき世界」を生き生きと描き出したこの物語に、読書メーターユーザーたちは一体どのような感想を持ったのだろうか。

Risako
さすが三浦しをんさん。 ひたむきに何かに向き合う人を描くのがすごく上手。引き込まれます。植物を愛する本村さんのひたむきさ。必死に悩んだり焦ったりしながら植物に向き合う姿が愛しかった。また、登場人物がみんな個性があって、素敵な人だった。「そんなことして何になるの?」という人がいても、知りたいという気持ち、だれにもむげにできないと思う。

Carol
研究者への敬意と愛に溢れた物語だった〜!さすがしをんさん。もう機器の説明とか細か過ぎて、高校から文系科目しかやってなかった人間には途中でよくわかんなくなるくらいマニアックだったけど、面白かった。本当に生物って不思議。どの生物もたくさんの細胞が集まってできている物体なのに、なぜにこんなに形が違うのか。それを日夜研究している人たちがいるんだよなぁ、すごいなぁ。参考文献に気になるものがいっぱいあったので、読んでみよーっと。

yoko
三浦しをんは専門職を上手く書く作家だなぁと改めて思う。植物に生涯を捧げると誓った院生と料理人の話。好きなことに猛進するという点ではふたりは同じなのだ。だからこそ、お互いに惹かれあいリスペクトする。恋愛って、尊敬とか憧れから始まるんだよ。

taiko
見識のない植物学ですが、細かな説明が分かりやすく、興味深く読みました。料理人の藤丸同様、分からないなりに楽しみながら、植物が好きになっていきました。ひたむきに研究に邁進する本村達松田研究室のメンバーが、魅力的で愛おしくて、読み終わった今もう既にまた会いたいと思わされています。

o_o
美しい装丁に魅かれて。植物の研究に情熱を注ぐ研究室の人々と、大学近くの洋食屋見習いの青年藤丸の交流が和やかに描かれています。途中、藤丸視点から博士課程の大学院生本村の視点に代わると、研究内容にかかる記述が本格的に。巻末の参考文献とインタビュー協力者の多さから、入念な準備・取材がなされたことがうかがえます。(中略)タイトルに反し、植物・人への愛が溢れた温かい物語でした。

 この作品は、藤丸くんと本村さんの恋愛小説であるが、それだけが描かれているわけではない。シロイヌナズナの研究に情熱を燃やす本村さんや料理を極めようとする藤丸くんの他、自分だけの研究に勤しむ、個性的な研究室の人たちの姿も瑞々しく描き出されている。

 植物の世界と料理の世界。分野は違えど、何かに熱中する人は誰もが美しい。藤丸くんと接するうちに本村さんが「なにかを追求しているひとは、分野はちがっても見える景色に通じるものがある」と気がついたように、情熱を燃やす人は皆、どこか似ている。

「知りたいという情熱を『愛』って言うんじゃないすか?」

 藤丸くんの素直な言葉に何度も頷いてしまう。この作品は「愛なき世界」を描いた愛に溢れた物語。文系だろうと理系だろうと、植物に興味があろうとなかろうと、ひとたびこの作品に触れれば、植物の世界に、そして、自分の「好き」を貫く人たちの世界にどんどん惹きつけられてしまうに違いない。

 なんて温かい物語なのだろうか。読書家たちの心を癒したこの作品を、あなたもぜひとも読んでみてほしい。

文=アサトーミナミ