ヤマザキマリ×原田マハの『妄想美術館』で絵画の見方が変わる! 名画にまつわる裏話、おすすめ美術館…新感覚ガイド
公開日:2022/3/27
美術に関する該博な知識を持つ漫画家と小説家が、美術にハマるきっかけを対談形式でレクチャー。こんな美術館があったらいいのに、という妄想がとまらない。
映画化もされた大ヒット漫画『テルマエ・ロマエ』の作者であるヤマザキマリ氏と、小説家として直木賞や本屋大賞にノミネートされてきた原田マハ氏。両者の共通点は、国内外を問わず美術及び美術館を溺愛していること。またふたりとも、自分の漫画や小説に美術的なモチーフを頻繁に使用することでも知られている。そんなふたりが“推し”の画家や作品について熱っぽく語ったのが、『妄想美術館』(SBクリエイティブ)だ。
軸となるのはふたりのディープな美術談義。そこで言及された絵画や彫刻の一部がカラーで掲載されている。美術館や画家についての注釈も有用で、美術初心者にもやさしいつくりになっている。もう少し大判で作品を見てみたい、という向きもあるだろうが、そこはネットで画像検索するのもひとつの手だと思う。
この本をきっかけにアートの広大無辺な大海に思い切ってダイブしてほしい。ふたりはそう思っているのだろう。ヤマザキ氏は「展示されているものをわからなきゃという義務感を一切、払拭してほしい」と語り、原田氏は「アートは友だち」「美術館は友だちの家」と言い放つ。
美術=堅苦しくて小難しい、という予断を抜きに美術を楽しんでもらいたい、というのがふたりのスタンスなのだろう。巨匠で人格者というイメージのあったレオナルド・ダ・ヴィンチについて、実は日記に人の悪口ばかりを書いていたり、他の画家に悪態をついていたりしていたことを明かす。ダ・ヴィンチが現代にいたらSNSでエゴサーチしそうだとか、インスタ映えのために自分の作品をアップしそうなどと言いたい放題。だが、そう言われると、大御所の画家が一気に身近に感じられ、作品への興味もおのずと湧いてくる。
それにしても驚嘆したのが、ふたりの美術に対する知識の豊富さ。17歳でイタリアに渡り、フィレンツェ美術学院で画家修業をしたヤマザキマリ氏。就職後に大学に入り直して美術史を学び、ニューヨーク近代美術館勤務を経て、作家に転身した原田氏。ふたりは手を変え品を変え、好きな画家や作品について解説を加えてゆく。その源泉となっているのは、ふたりの尋常ならざる博覧強記ぶりである。
個人的に目を惹かれたのが、ヤマザキ氏が執拗なまでに推すパオロ・ウッチェロの作品。初期ルネサンスの画家であるウッチェロは、学校の教科書に載るほどの有名画家ではないし、遠近法に固執しすぎてのちに批判の対象となったこともある。だが、それでも、だからこそ、というべきか、ヤマザキ氏はウッチェロの遠近法を全面的に擁護。ボッティチェリが彼の影響を受けていたことも例示し、その功績を讃えている。筆者も、ヤマザキ氏のアツい語り口に魅せられてウッチェロに興味が湧き、現物が見てみたくなった。
書名の通り、こんな美術館があったらいいな、とふたりが妄想するくだりも面白い。ピカソの「ゲルニカ」は絶対に入れたい、日本の作品なら俵屋宗達の「風神雷神図屛風」や国宝の「鳥獣戯画」もマストだし……というような談義にワクワクさせられた。さらに原田氏は、マリさんと自分のダブル館長で、世界中の不完全な作品を集めた「不完全美術館」を作ってみたい、とも言う。実際、バロック後期に活躍したジャック・レアチューが途中で書くのをやめた壁画が、今は美術館に飾られているとのこと。そうした作品との接し方もあったのか、と蒙が啓かれた。
そして、本書を読むと、ふたりの作品に触れたくなるはず。ヤマザキ氏なら『テルマエ・ロマエ』というのは当然として、原田氏の小説なら『楽園のカンヴァス』をお勧めしたい。山本周五郎賞を受賞作した長編小説で、日曜画家のアンリ・ルソーやピカソの作品が取りあげられている。同書もまた、美術や美術館への恰好の入り口として機能することだろう。
文=土佐有明