『パラソルでパラシュート』で芸人を描いた一穂ミチさんとしずる村上さんが対談! 芸人から見た物語の魅力・リアリティとは?

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/26

村上純
しずるの村上純さん

 人生に惑い、未来にも漠然とした不安を抱える企業の受付に勤める29歳の美雨。そんな彼女が出会った、売れないお笑い芸人・亨。どうにも掴みどころのない亨、その相方・弓彦、そして仲間の芸人たちとの交流を通して主人公の世界が輝き始める『パラソルでパラシュート』(講談社)を、“泣いて、そしてたくさん笑いながら読みました”と語るのは、お笑いコンビ・しずるの村上純さん。

 このたびそんな村上さんと、しずるのコントに“優しさを感じています”と話す、著者の一穂ミチさんとの対談が実現! 一穂さんと言えば、『スモールワールズ』で第165回直木賞候補になり、2022年本屋大賞にもノミネートされるなど、活躍著しい注目の作家。“本職”を驚愕させたリアリティ、そのツボを押したところとは? 2人のお笑い談義も見逃せません!

(取材・文=河村道子 撮影=島本絵梨佳)

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とんでもないですね、想像力の桁が。ちょっとひっくり返っています(村上)

村上純

一穂ミチさん(以下、一穂) 単独ライブ「たぶん、青」、配信で拝見しました。

しずる村上純さん(以下、村上) ありがとうございます!

一穂 しずるさんのコントはテレビなどでもよく観ているんですけど、中でも私は「コインらんどりー」と「突入」が好きなんです。何がいいかって、出てくる人が皆、カッコつけようとしてうまくいかないとか、生きるのがちょっと下手なんですよね。でもそれをバカにする目線にはならないところがすごく好きなんです。

村上 あぁ、うれしいです、めちゃくちゃ。

一穂 あぁ、わかる、って思うんです。準備したことがスベッて、恥ずかしいことあるよなって、自分にも重ねるんですけど、全然、嫌な気持ちにはならないんですよね。なんかすごく優しい気持ちになれるんです。

村上 『パラソルでパラシュート』では、今、おっしゃった感覚を主人公の美雨が代弁しているように感じました。

パラソルでパラシュート
『パラソルでパラシュート』(一穂ミチ/講談社)

一穂 ほんとですか!? うれしい。しずるさんの単独ライブのコントでも、外にいる汗だくの営業マンをガラス越しに見た男が、“暑そうだな、かわいそうだな、中に入れてあげたいな”っていうところがありましたよね。そこが好きなんです。あんなに暑いなか、あくせく働いてバカみたい、という流れになってしまわないところが。

村上 この小説のなかで書かれている、亨と弓彦、「安全ピン」のコントにもそれを感じていました。本作を読んでいると、登場人物のネタの捉え方やお笑いをやっている感情、それを見ている感情を、自分自身と重ねてしまうところがあって、実は2シーンほど泣いてしまいました。プラス笑いました、たくさん。

一穂 本職の方に読まれるの、恥ずかしい(笑)。

村上 芸人さんではない方が、お笑いを題材にしたものを書かれると、ぶっちゃけ入ってこないときがあるんです。

一穂 そうでしょうね。

村上 でも『パラソルでパラシュート』はすんなり自分のなかに入ってきました。いっこ聞いていいですか? 一穂さん、オタクですよね?

一穂 オタクですね(笑)。

村上 ですよね(笑)、オタクじゃないと書けない描写や感情があまりにも多いと感じました。しかもお笑いを書いているのにお笑いを注視していない方ですよね?

一穂 そこまでどっぷりではないですね。

村上 書く前に、お笑いのリサーチみたいなことはどれくらいされたんですか?

一穂 日頃から芸人さんが出ているテレビを観て、ラジオを聴いて、YouTubeを観て、という感じです。

村上純

村上 とんでもないですね、想像力の桁が。ちょっとひっくり返っています。

一穂 全部、脳内のイメージなので、実はこれがほんとっぽいのかもわからないんです(笑)。

村上 芸人ではない方が芸人を描くと、世間的には面白いエンタメであっても、当の芸人が納得しないものもあると思うんです。もちろんそれでいいと思うのですが、18年、芸人をやってきた自分としては、芸人を描いているのであれば、やっぱり芸人にも刺さってほしいと思うんです。この小説は少なくとも僕にはめちゃくちゃ刺さった。それどころか、芸人である自分自身が気づかなかったところまで刺されました。

誠実に向き合おうとしているところから生まれる可笑しさが私はすごく好きなんです(一穂)

一穂 私はダウンタウン世代のど真ん中なんです。

村上 そこも、本作のご執筆には大きく影響しているんでしょうね。ご出身は?

一穂 大阪です。

村上 ですよね! 大阪じゃなかったら、もっとたまげてました(笑)。印象的だったのが、東京出身の美雨が大阪に来て感じている、大阪のリアリティ。生粋の大阪の人間とぶつかったときの会話が、あぁ、こんな感じだよなぁって、めちゃくちゃリアリティあったんです。そして生まれも育ちも大阪、という人々も、その枠のなかでめっちゃ細分化して描かれている。たとえば芸人の弓彦と、芸人ではない美雨の職場の後輩・千冬の色分けとか。千冬もすっごいセンスのある子じゃないですか。

一穂 おもろい女の子、という感じですね(笑)。

村上 大阪では、一般の人たちの会話に至っても、“オチないんかい?”という文化があるじゃないですか。そんな文化のなか育ってきた千冬と、その文化を職業にした人たちとの会話の“間”が違うという、超細かいところまで描写されていて。オチと言えば、物語のオチ=結末を決めて書く本って何割くらいあるんですか?

一穂 短編ではオチをあらかじめ決めることもありますが、長編作である本作に関しては設定だけがバンとあって、あとは書きながら、という感じでした。決めていたのは、主人公が芸人に触発されて自分も夢を見る、みたいな話にしたいということだけでした。そういうものがない人に向けて書きたいという思いがあったので。

村上 「そんなん言うてもたらおもんないやんけ」という、亨のひと言は、この本を具現化していたんですね。それって“嘘がない”ということでもあると僕は思うんです。作中には、「安全ピン」の“嘘のない”コントが出てきますが、それはまさに僕がコントで一番気をつけていることなんです。どんなに現実から飛躍した設定であっても、そのなかで嘘をついてはいけないと思っていて。嘘をつくと可笑しさにつながらないんです。可笑しさを目的としてネタを書くと、どうしても予定調和になってしまう。可笑しい2人が設定したその世界でする自然な顔が、傍から見たら可笑しいと思えるコントが僕の理想としているものなんです。

一穂 しずるさんのコントって、お2人とも誠実なんですよね。その方向がずれていたり、あっちこっちへ行ったりするんですけど、誠実に向き合おうとしているところから生まれる可笑しさが私はすごく好きなんです。

村上 あぁ、うれしいです。

千冬と弓彦は、お笑いで言うところのいわゆる“ツッコミ”なんですよね(村上)

村上純

村上 こんなドラマチック、現実にはなかなかないよな、ということって、フィクションに大事だなと思っていて。冒頭の亨と美雨の大阪城ホールでの出会いがまさにそうですよね。“いやいや、こんなことないでしょう”みたいなところから始まっていくけど、そこから続いていく物語のリアリティが強いから、たまたまその日はそんな奇跡のような偶然があったんだろうなって納得してしまうんです。それがフィクションのめちゃくちゃ面白いところだと思って。だから美雨が、おかしな人だと思いながらも、つい亨の家までついていってしまうことの説得力もめちゃくちゃあって。で、それにツッコんでくれるのが千冬で。千冬と弓彦は、お笑いで言うところのいわゆる“ツッコミ”なんですよね。

一穂 はい。

村上 2人がこの物語にいてくれることで現実の話になる。そして千冬と弓彦は感情を外に出す人たちで。一方、美雨と亨は心のなかで思う人たち。亨なんて、ほとんど何も言ってないですからね。

一穂 そうですね(笑)。

村上 亨は芸人として売れようが売れまいが、この本があることで浮かばれると思っちゃうんですよね。