アンディ・マレーのフィジカルトレーナーが指南する、カメの歩みで人生を勝ち取る方法
公開日:2022/4/1
周りの人と円滑にコミュニケーションを取りたい。緊張を強いられる場面をうまく乗り切りたい。自分らしく成長していきたい。こういった誰もが一度は思い悩んだことのある課題を、解決へと導く本がある。
『SLOW LANE カメの流儀で人生を勝ち取る方法』(マット・リトル:著、鈴木ファストアーベント理恵:翻訳/東洋館出版社)は、ひとりで取り組むことのできるワークショップのような手引書。童話の『ウサギとカメ』になぞらえて、何でも器用でスピーディにこなすウサギではなく、不器用でもじっくりカメのように取り組むことを勧める、ユニークな自己啓発本だ。
著者リトル氏が自身をカメに例え、タイトルのとおりにスローながらも人生を勝ち取った経験に基づく。今、同氏は、ロジャー・フェデラー、ラファエル・ナダル、ノバク・ジョコビッチと共にBIG4と称される、イギリス人プロテニス選手であるアンディ・マレーの長年のストレングス&コンディショニング(S&C)コーチとして知られる。
近年、人工股関節を挿入するという大手術の末にカムバックしたマレーだが、しばらくの怪我とリハビリに苛まれる前は、数々のグランドスラム優勝、オリンピック金メダル連覇、世界ランキング1位と頂点にいた。そんな超一流選手に絶大な信頼を寄せられ、絶頂からどん底まで、1年のほとんどを共に戦ってきたのがリトル氏だ。
また、マレーのチームに入る前、リトル氏はスポーツジムの受付スタッフに始まり、テニス選手のS&Cコーチとして15年以上にわたって、駆け出しの選手からトップ選手まで、あらゆる年齢層の人たちと仕事をしてきた。たくさんの失敗を糧にしながら、カメのように着実に成長を遂げてきたという。
そんな同氏が重要視していることは「ソフトスキル(心の知能指数)」。最近、「ハードスキル(技術的なスキルや知識)」と比べて聞かれるが、まだまだハードスキルの二の次として扱われることが多い。だが、ソフトスキルこそがすべてのベースになり、ライフスキルになるのだという。
例えば、ソフトスキルのひとつでもある「感じ取る力」。よく「共感」という言葉で語られがちだが、同氏は「人の気持ちや考えを“感じ取る能力”を高めることは、仕事だけでなく、人生においても重要なスキルだ」と説く。
重視しているのは、相手に“共感”するだけではない。同氏いわく、自分が取った言動で人々がどう反応したか、相手は何を望んでいて、どう尋ねると答えてくれるのか、その答えを真摯に聞いて、それをどう態度に示せば伝わるのか、などその場で「感じ取る力」に他ならないからだ。細やかなプロセスと説得力を持ってリトル氏は言う。
「私たちは往々にして、相手が望むだろうものを先回りして勝手に判断してしまっている」
思い当たる経験がある人は多いだろう。相手の話を最後まで傾聴しないと、早合点するだけでなく、信頼関係も損ねるかもしれない。まずは聞いて、それから自分が聞いていることをしっかり伝える(これも重要!)。その上で、相手がどう感じているかを理解することが重要なのだ。
技術や能力に直結するハードスキルと同様、ソフトスキルも学んで練習を重ねることで磨かれていく。本書には具体的に、これらを高めるための方法もドリルも、さらには1週間のブートキャンプ(!)も用意されている。読者は、自分の弱点をあぶり出して、なりたいカメ像を描き、一つひとつ地道にトレーニングに励むだけだ。
苦手な人とのコミュニケーション法、プレッシャーがかかる時の対処法、といった助言レベルでしか見られなかったような方法論も、それぞれドリルをこなしながら訓練できる。
ちなみに同書は、いつもマレーとの遠征で家を空けているリトル氏が、父として一緒にいられなかった息子のためにと書き溜めたメモから1冊の本になった。だからか、時に背中を押してくれるように感じられたり、合間のコラムなどで飽きないようにモチベーションを高めてくれたりと、誰よりも親しいメンターのように語りかける。これまで何を読んでもうまく自己啓発できなかったという人は、この本を読んでひとりワークショップをしてみては?
文=松山ようこ
■SLOW LANE カメの流儀で人生を勝ち取る方法
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