大人になると見失いがちな「本当の自分」と向き合うために。『舞台』/佐藤日向の#砂糖図書館㊵

アニメ

公開日:2022/4/2

佐藤日向

 皆さんは、本当の自分が何か分からなくなるような経験をしたことはあるだろうか。きっと大人になるにつれて、本当の自分を隠すことが上手にできるようになるからこそ、そう感じてしまうこともあるのだろう。

 今回紹介するのは、西加奈子さんの『舞台』という作品だ。本作は主人公の葉太が、父が亡くなったことをきっかけに、1週間ニューヨークへ一人旅をしに行くところから始まる。お気に入りの作家の本をセントラルパークで読むのが、この旅行での彼の1番の楽しみだったが、本を取り出した瞬間にすべての荷物をすられる。葉太は1週間に4ドルしか使えない生活を経験し、本当の自分を見つけはじめる。

 主人公の葉太はとにかく人の目が気になる、自意識過剰な性格だ。彼の在り方にすごく共感が出来る人もいれば、人をイラつかせる天才だと感じる人もいるだろう。私にとって葉太は後者だった。しかし、私がイライラした理由は、たまに顔を見せる「好きになれない自分」の姿と重なったからだ。

 本当の私は、ものすごく弱い。大勢の前で何かに失敗した時、怪我をした時、悪い目立ち方をした時、誰かに優しくされると、一瞬でも気を抜いたら涙が溢れそうになる。悲しくて泣くよりも、羞恥を感じた時の方が、私は涙が出そうになる。作中の葉太は誰よりもまわりを気にしていて、常に羞恥を感じるようなとにかく面倒くさい生き方をしている人だった。だがこれは、人が生きづらくなっている部分を詰め込んだ作品なのだと思う。大人になるにつれて嘘をつくのが上手くなり、まるで役を演じているかのように振る舞うことができるようになり、いつしか本当の自分がどこにいるか分からなくなってしまう。大人というのは、素直になることがだんだんと恥ずかしい行為へと変化してしまうのだろう。

 葉太が羞恥を感じるとニヤニヤ笑う、という描写が何度も出てくるが、私も羞恥を感じて涙が溢れそうになると必ず「私のいないところで、泣いたとみんなに笑われるかもしれない」と思ってしまい、泣きそうな時ほど人前で笑ってしまう。これもきっと大人になるにつれて身についた”演じる”という行為なのだろう。

 私が本作を手に取ったきっかけは『舞台』というシンプルなタイトルだった。主人公が旅行に行く内容なのに、なぜ『舞台』というタイトルになったのかが気になり、読み始めた。作中に葉太のお気に入りの作家の新作で『舞台』というタイトルが登場し、何度もニューヨークで読もうと試みる。しかし、心に余裕がない状態では一文字も入ってこず、彼は彼の”本当の舞台”を必死に演じていた。私たちが生きる人生は、自分の生き方の選択によって、主人公にもバイプレイヤーにもアンサンブルにだってなり得る。人生はまるで舞台のようだ。

 私が私の「舞台」でキラめき続けるには、卑屈になんかなる暇はない、と感じる本作。素直になれない大人の大きな壁を完璧に作ってしまう前に、一度立ち止まるのにぴったりの本作を、ぜひ手に取ってほしい。

さとう・ひなた
12月23日、新潟県生まれ。2010年12月、アイドルユニット「さくら学院」のメンバーとして、メジャーデビュー。2014年3月に卒業後、声優としての活動をスタート。TVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』(鹿角理亞役)、『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』(星見純那役)のほか、映像、舞台でも活躍中。