根強い人気を誇る児童文庫『オンライン!』がもたらす、「読書のジャンル的連続性」
公開日:2022/4/3
小学生向けの児童文庫でも、生死をかけてゲームに挑む「デスゲーム」ジャンルは人気だ。
興隆のきっかけは、2000年代以来の10代における「山田悠介人気」にあった。毎日新聞社と全国学校図書館協議会による2012年の「学校読書調査」では、中高生への「いちばん好きな作家は?」との質問に対して中学生17.6%、高校生22.3%が山田悠介氏の名前をあげ、2位の東野圭吾氏にほぼダブルスコアをつけてのナンバーワンだった。
その後、2014年7月から小学館ジュニア文庫版の『リアル鬼ごっこ』が刊行されたことを皮切りに、『ニホンブンレツ』が2016年8月に、『ブラック』が2017年10月に刊行されている。
児童文庫のオリジナル作品では2015年4月スタートの針とら「絶望鬼ごっこ」シリーズ(集英社みらい文庫)、2017年6月スタートの大久保開「生き残りゲーム ラストサバイバル」シリーズ(集英社みらい文庫)、2017年2月スタートの藤ダリオ「絶体絶命ゲーム」(角川つばさ文庫)などが人気を博している(ただし、「デスゲーム」といっても児童文庫では実際には死ぬキャラはほとんど出てこない)。
ほかにも双葉社ジュニア文庫からはウェブ小説投稿サイト・エブリスタ発の金沢伸明『王様ゲーム』(2015年7月より)、ウェルザード『カラダ探し』(2016年11月より)、山崎烏『復讐教室』(2017年11月より)、葛西竜哉『生贄投票』(2018年3月)などが刊行されている。
実は、これらに圧倒的に先行する作品がある。やはりエブリスタ発の雨蛙ミドリ『オンライン!』(角川つばさ文庫)だ。
原作やマンガ版の導入部のあらすじはこうだ。主人公である22歳のOL八代舞が見覚えのない勝手に起動するゲーム機から「壊すと爆発する」「断ったら大切な人を全員殺す」と警告されて「ナイトメア」という“生きるためにはやり続けるしかない”“ゲーム内のアバターが死ぬと復活の代償として悪魔に自分のカラダの目、口、鼻、左手、右手、両足、心臓、耳のどれかひとつを差し出さなければならない”ゲームへの参加を強いられる。なんとか緒戦を突破して出社すると、なんと社長から「ナイトメア攻略のために働け」と言われ、社内に存在していたナイトメア攻略部隊に参加することになる――。
つばさ文庫版では舞は高校2年生になり、会社ではなく部活として取り組むことになる。ただ、「攻略に失敗すると身体の一部が悪魔に奪われる」ゲームであることは示されているし、年齢以外のキャラクターの配置や序盤の展開はエブリスタ版とそれほど変わらない。児童文庫におけるデスゲームもの人気に先鞭をつけた作品であり、ウェブ小説の児童文庫化という文脈でも圧倒的に早かったのが、この『オンライン!』なのだ。
『オンライン!』は根強い人気を誇り、今でも児童文庫版が続いているほか、マンガ版は最終章に入ったが2022年3月現在まだ続いている。おもしろいのは、原作やマンガ版と、つばさ文庫版ではストーリーが分岐していくことだ。
マンガ版はおおよそ原作準拠で、死の恐怖や、謎が少し解けてはまた新たな謎が浮上してくるサスペンスが魅力であるのに対して、つばさ文庫版では序盤はさておき、すぐに「誰かが死ぬ(かもしれない)」という恐怖は比較的薄くなり、みんなでゲームをやる楽しさやキャラクター同士の人間関係の進展に比重があるオリジナル展開をしていく。また、原作やマンガでも主人公・舞はイケメンに囲まれて想われているのだが、つばさ文庫版では恋愛描写はソフトに、ゆっくりと進展していく。
つばさ文庫版はシリーズ序盤こそ「デスゲーム」然としているものの、以降は「デス」が取れた「ゲーム」色が強くなっていく(そういうピンチがなくなるわけではないが、強調されなくなる)。そうなってなお、児童文庫作品として特異な印象を与えるのは、ファンタジーゲーム体験も描いていくところだ。児童文庫では現代日本を舞台にした恋愛やホラーは人気だが、異世界ファンタジーもののヒット作はほとんどないと言ってもいい。にもかかわらず『オンライン!』は支持されている。
ジャンル的なチャレンジと読者からの評価が一致している、とても稀有な作品である。
この10年のあいだに、小学生のときに『オンライン!』を読み、たとえば中高生で『ソードアート・オンライン』などを読むようになった読者も少なくないことだろう。読書のジャンル的連続性という観点から見ても重要な一作だ。
文=飯田一史