かけがえのない人生と愛しい物語が出会う! ベストセラー『三千円の使いかた』の著者が神保町の小さな古書店を舞台に描く、絶品グルメ×優しい人間ドラマ『古本食堂』
公開日:2022/4/11
お金の問題を通してさまざまな年代の女性たちの生き方を描いたベストセラー小説『三千円の使いかた』(中央公論新社)の著者・原田ひ香さん。ファン待望の最新作『古本食堂』(角川春樹事務所)の舞台は、古書店や新刊書店が軒を連ね、“本の街”として有名な神保町だ。
鷹島美希喜(みきき)は、とある大学の国文科に所属する大学院生。本を読むのが好きだから、という理由で進学を決めた国文科だが、研究に身が入らず、かといって具体的に就職することも考えられず、これからの進路を決めあぐねていた。そんな彼女が心の支えにしていたのが、大叔父が営む神保町の小さな古書店「鷹島古書店」だ。大叔父は、高校生だった美希喜が進路に悩んだとき、相談に乗ってくれたことがある。学校帰りにふと誰かと話したくなったとき、神保町に足を延ばしたとき、いつでも立ち寄れた大叔父の古書店だが、その大叔父が、独身のまま急逝した。店を継いだのは、彼の故郷、北海道で両親の介護をまっとうしたという大叔父の妹で、おっとりした雰囲気の珊瑚(さんご)である。
「鷹島古書店」が入っているビルは、なんと大叔父の持ち物だった。小さくて古いが、東京は千代田区の一棟ビルだ。一億くらいはするはずだし、投信の積み立てもそこそこの額になっていた。美希喜の母は、そんな状況を心配している。いわく、残された遺産を珊瑚が好きに使うのはかまわないが、彼女が万が一、誰かと結婚したりだまされたりしてビルや資産が他の手に渡れば、平静ではいられないと。「だから、美希喜、今日大学の帰りに、お店の様子を見てきてよ。いえ、できたら行ける時はこれから毎日見てきて。そして、報告してちょうだい。いったい、叔母さんがあの店を今後どうするつもりなのかも聞いてきて」。美希喜は、古書店店主としては素人の珊瑚の様子を見に行くうちに、いつしか彼女の手伝いをするようになる。だが、珊瑚は珊瑚で、なにやら事情があるようで……。
本好きならば、知っているはずだ。1冊の本が、明日を生きる心を養うのだと。そして、生きものはみな理解している。日々口にするものが、明日を生きる体を作るのだと。考えてみれば、神保町という街は、人間のそういった営みを体現し続けているのかもしれない。誰かの心を動かした名著――たとえば、17歳の若者たちを撮影した写真集『十七歳の地図』や、昔の物語なのに現代のわたしたちを驚かせる『お伽草子』は、古書となり、また誰かの手に取られ、かけがえのないその人生に影響してゆく。多くの人に愛されたグルメ――たとえば、神保町名物「ボンディ」のビーフカレー、池波正太郎が好んだ「揚子江菜館」の焼きそば、明治42年創業のビヤホールで洋食屋「ランチョン」のビールは、今なおわたしたちに食べる喜びを与え続ける。
神保町の魅力と美味、人と人との絆を描き尽くした原田ひ香さんの最新作。読了後、神保町を旅した気分になれることはもちろん、実際に神保町を巡るときにも、親しみ深いガイドブックとなるだろう。
文=三田ゆき