「すべらな~~い、はなしぃ~~」のタイトルコールでもおなじみ! 若本規夫さんがトップ声優になるまでの紆余曲折とは
更新日:2022/4/5
『人志松本のすべらない話』のタイトルコール、「楽天スーパーSALE」のCMナレーション、『サザエさん』の穴子さん、『プリズン・ブレイク』のティーバッグ……。
アニメや声優に詳しくなくても、声を聞けば「ああ、この人か!」とピンとくるのではないだろうか。そんな唯一無二の個性派声優・若本規夫さんが、初の著書を上梓した。『若本規夫のすべらない話』(主婦の友インフォス)は、若本さんが自身の半生を振り返りつつ、声優論、人生論を語った1冊。同じく声優として第一線を走っている羽佐間道夫さん、山寺宏一さん、井上喜久子さんらのインタビューも掲載されている。
御年76歳、声優歴50年の若本さんだが、この仕事に就くまでには紆余曲折があった。早稲田大学法学部を卒業すると、警察学校に進み、その後は交番勤務の警察官に。だが、自分には向いていないとわかると、今度は消費者を悪徳商法から守る「日本消費者連盟」に就職する。この職にも2年で見切りをつけ、雑誌のライターをしていたところ、思いがけず出会ったのが声優という職業だった。
この出会いが、また何とも運命的なんである。地下鉄に乗って長椅子に寝そべっていたところ、上からバサッと新聞が。そこに「黒沢良アテレコ教室開設」という告知が載っていたことから、若本さんは経験ゼロのまま未知の世界に飛び込んでいく。「人生というのは、自分を理解すること」と語る若本さんだけに、仕事を辞める時も新たな挑戦を始める時も、自分の心に問いかけてスパッと決断するのが凄い。こうして26歳、遅咲きの声優が誕生した。
その後、『銀河英雄伝説』のオスカー・フォン・ロイエンタール、『トップをねらえ!』のオオタ・コウイチロウ、『ドラゴンボールZ』のセルなどの当たり役に恵まれ、若本さんは声優として確固たるポジションを築いていく。傍から見れば、いかにも順風満帆。だが、50歳を前にして新しい仕事が途絶えてしまったという。
「僕の演技は中心をよけて堂々巡りをしている」と感じた若本さんは、積み上げてきたものをすべて壊そうと決意する。ここからの若本さんの鍛錬には、鬼気迫るものがある。以前から続けていた呼吸法や健康法に加え、祝詞、大道芸、浪曲、声楽、虚無僧尺八の呼吸法、ヨガ、ゆる体操など、ありとあらゆるものを貪欲に学び、自分の血肉にしていく。映画を片っ端から観ては登場人物の人生を自分に取り込み、ドキュメンタリー番組からは真実の言葉、一流のセリフを学ぶ。「ここまでしなければ、トップを張れないのか」とその凄まじさに圧倒され、身が引き締まるような思いがする。
50歳と言えば、人生の折り返し地点を過ぎた頃。サラリーマンなら定年も意識する年代とあって、初心に戻って一からキャリアを築き直そうと考える人はそう多くないだろう。だが、若本さんはこう言う。
年齢的にもう難しいとあきらめている人もいるじゃない? 今更、鍛錬してもどうにもならないだろうって。でも、違うんだ。やれば、やっただけ、それなりに変わる。これは絶対にそう。僕も遅かったからわかる(笑)。早い遅いじゃない、やるか、やらないか。その違いだけ。
自身が凄まじい努力を重ねてきたからこそ、その言葉には有無を言わさぬ説得力がある。しかも、88歳の声優・羽佐間道夫さんとの対談では、「まだこれからですよ」(若本さん)、「今は通過点なの」(羽佐間さん)なんていう言葉まで飛び出す。70代にして、さらなる進化を遂げようとしているのだから恐れ入る。
「声優の自伝」と聞くと縁遠く感じる人もいるかもしれないが、この本にはあらゆる職業の人に刺さる言葉が詰まっている。「声の仕事をしていなくても、呼吸は大事」など、身をもって学んだ教えを伝えてくれるうえ、現状に甘えている自分、年齢を言い訳にしている自分に若本さんの声で喝を入れられたような気持ちになる。背筋がビシッと伸び、この春から新しいことを始めたくなるはずだ。
文=野本由起