福井県の高校生たちが「さばの缶づめ」を宇宙に届けた!「宇宙食、作れるんちゃう?」から始まった大気圏突破ノンフィクション

暮らし

公開日:2022/4/10

さばの缶づめ、宇宙へいく
『さばの缶づめ、宇宙へいく』(小坂康之、林公代/イースト・プレス)

 さばの缶詰は美味い。そのうえ栄養価が高く、非常食としても優秀ときている。そんな、さばの缶づめが「宇宙日本食」として、JAXA(宇宙航空研究開発機構)から認証された。しかも開発したのは、福井県の高校生たちだという。『さばの缶づめ、宇宙へいく』(小坂康之、林公代/イースト・プレス)は、学生が14代、足かけ13年にわたってバトンをつなぎ夢を現実にしたノンフィクションの物語であり、地元出身の林公代氏による取材記録である。

荒れた水産高校に熱血新米教師現る

 物語は、若狭湾に面した福井県立小浜水産高校に小坂康之氏が赴任してきたところから始まる。「水産高校の教師になる!」と決意していた小坂氏は、生まれ育った神奈川県を離れ、縁もゆかりもない小浜に来た。ところが当時、日本で一番伝統ある水産高校は、校舎の壁や床に無数の穴が開いており、教室内では生徒が騒いでいて会話が成り立たない、教育困難校だったという。まず小坂氏は、上下関係を振りかざし強く出てみるも、ふてくされたまま授業を受ける生徒が増えるばかり。次に、生徒と年齢が近いことを武器にフレンドリーに接してみたら、もっと収拾がつかなくなってしまう。続いて、危険物取扱者などの資格を取れば就職に有利になることを説いてみると、3割程度の生徒がついてくるようになったものの、取得後にはまた元に戻ってしまったのだとか。

明治時代から続いていた地元の缶づめ製造

 しかし転機が訪れる。学校では、「実習」として缶づめ製造が行われており、中でもさば缶は地元での人気が高く、文化祭で販売すると数百缶が10分と経たずに売り切れてしまうほどだった。地元での缶づめ作りは明治時代から始まっており、大正から昭和にかけては教員と生徒が地元の漁業者と「ひざをつきあわせて探求」するという、それこそ現代の「探求学習」が行われていた。それを知った小坂氏は漁業会社に連絡を取り、養殖魚のエサぐらいにしかならない規格外の小魚を美味しく食べられるようにする商品開発に生徒たちを巻き込むことに成功する。きっと、小坂氏もまた、教室の中とは比べ物にならないほど生き生きしている生徒たちの姿を見て、教師としてのやりがいを感じたのではないだろうか。

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1億円はかかる設備を100円ショップで調達

 生徒たちに「伸びしろ」を見た小坂氏は、NASAが開発した食の衛生管理システム「HACCP(ハサップ)」認証を受けることを目標にすえる。日本でも2021年に食品関連事業者に義務化されたが、まだ知らない人の多かった時代。厚生労働省や地域の管理局に問い合わせても真剣に取り合ってもらえず、書類申請から全部ひっくるめてやってくれるというコンサルティング会社から出された見積もり金額は、なんと1億円。ところが、小坂氏が以前にHACCPの講習会で出逢った講師の一人、高鳥直樹氏に相談してみると、意外なアドバイスを受ける。「必要なのは設備ではなくシステムなので、それを構築すれば良い」というのだ。例えば包丁の刃が欠けた場合に製品への混入を調べるには、100万円くらいする金属探知機を使う。しかし、さばを切る生徒たちが10分ごとに包丁を目視確認して記録をつけ、刃が欠けているのを発見したら、その包丁で切ったさばをロットごと廃棄するようにした。その他にも、必要な物を100円ショップなどで調達し工夫を重ね、ついにHACCPの認証を受けた。見学に来たコンサルティング会社の人は、「うそだろ?」という反応だったそうだから痛快だ。

学校がなくなる!? 宙に浮く、宇宙食開発

 もともとHACCPは、NASAが宇宙食を作るために開発したもの。一人の生徒が「宇宙食、作れるんちゃう?」と発した一言を、小坂氏は聞き逃さなかった。さっそくJAXAの門を叩き、学校教育の支援を担当する岸詔子氏の協力を得る。その頃、JAXAにとっても「宇宙日本食」の種類を増やすことが課題だったのと、学校側から授業の依頼があっても、内容はお任せしますということが多く、学校教育にアプローチする方法を模索していたところだったのだという。

 すべてが上手くいき順調に動き始めたかのように思えた矢先、最大の障害が立ちはだかる。小浜水産高校が、進学校の若狭高校と統合され、廃校になる話が持ち上がったのだ。水産高校は遠洋漁業の実習に使う船の維持・管理に億単位のお金がかかり、それらの費用は税金で、継続が難しくなってきていたのだ。統廃合に反対する市民運動も起こったが、反対ばかりしていては全てを失うことになりかねない。そこで、どんな形で何を残すかという方向に舵を切り、小浜水産高校は若狭高校の「海洋科学科」へと生まれ変わることとなった。こうして新入生にバトンが引き継がれ順風満帆……とならないのが現実の厳しいところ。あることをするために小坂氏は担当を外れることとなり、宇宙食の開発は宙に浮いてしまうのだ。

 この、道のない大海原を往く高校生たちの冒険を、ぜひ本書で追体験してもらいたい。なお、金属探知機が導入された若狭高校では、現在も当時生み出された手法が残っており、生徒による包丁の目視確認が続けられているそうである。

文=清水銀嶺