韓国の音楽シーンを牽引「TABLOという文学」とは一体何なのか? BE:FIRSTのクリエイティブ・ディレクターSAKIKOさんインタビュー

エンタメ

更新日:2022/4/15

『BLONOTE』(TABLO/世界文化社)

 BTSのRMがTwitterで紹介したことがきっかけで日本でも話題となり、邦訳版が待ち望まれていた『BLONOTE』。著者は、TABLO。現在の韓国音楽シーンに多大な影響を与え続けているヒップホップグループEPIK HIGHのリーダーである。

 TABLOが自身のラジオ番組で読み上げた短いメッセージをまとめた『BLONOTE』は、韓国で2016年に出版されベストセラーとなった。本書の魅力とは一体何だろうか? ダンス&ボーカルユニット「BE:FIRST」のクリエイティブ・ディレクターとして活躍中で、『BLONOTE』邦訳版の後書きを担当したSAKIKO(鳥居咲子)さんに話を聞いた。

(取材・文=フィリョーズ彩乃)

――SAKIKOさんが初めてTABLOの音楽に触れたのはいつですか?

SAKIKO 約10年ほど前、BIGBANGがきっかけで知りました。韓国の音楽を最初に聴き始めたのもその頃です。初めて聴いたTABLOの曲は、『Airbag』というソロ曲でした。それまではHIPHOPに対して攻撃的な歌詞のイメージを持っていたのですが、TABLOの書く歌詞はまるで一編の短編小説のようだったんです。

――SAKIKOさんは本書『BLONOTE』の後書きで、TABLOの歌詞は“TABLOという文学”と表現されていますよね。

SAKIKO 自分の感情や社会に対しての問題提起など、ストレートに歌詞にするラッパーも多いのですが、TABLOは純文学を勉強されてきた方なので、比喩などを使いながら、歌詞に文学的な要素も織り交ぜることが多いような気がします。HIPHOPも文学もどちらも熟知されていて、直接的だったり、時に比喩的だったり聞き手に考えさせるような独自の文学ができているなと思ったんです。

advertisement

――本書の中で心に響いた言葉はありますか?

SAKIKO 特に好きだったのは「思い通りにならないことが、思いがけないことになる」です。シンプルな2行ですが、とても響きました。TABLOもその経験をたくさんされてきたからこそ、こういう言葉が紡げるのだと思います。

――SAKIKOさんが考えるTABLOの言葉の魅力とは?

SAKIKO スタンフォード大学在学中から文学を書かれたりしているので、元々文章力があり、感受性も豊か。さらに、これだけの感情表現ができるということは、多くの経験で様々な感情を味わってきたからだと思います。

 今回後書きのお話をいただき、TABLOの過去のことを改めて調べたのですが、本当に多くの辛く苦しい経験をしているんです。関係者の横領でデビューが遅れたり、自身で会社を立ち上げたと思ったら経営陣のひとりに裏切られたり、さらには才能に嫉妬されて、根拠のない虚偽の噂を撒き散らされて活動ができなくなり、それによってひどい嫌がらせをされたことも。人間の持つ悪意というものに直接的に対面したことが普通の人よりも多いのだろうと想像しました。そういった経験を乗り越えたことで、人間的にも、深みが増したのかもしれません。

――何度もトライ&エラーを重ねていますよね。

SAKIKO TABLOはメンバーであるDJ TukutzとMithra眞が入隊している間、YGエンターテインメントと契約し、先にも挙げた『Airbag』が収録されているアルバム『熱花』でカムバックします。このアルバムの成功により、さらに知名度をあげ、EPIK HIGHとしてもYGと契約。その後、YGの傘下にレーベルHIGHGRNDを設立します。そして、HYUKOHやCODE KUNST、PUNCHNELLOなど、現在の韓国音楽シーンになくてはならない有望な才能を発掘するのです。改めて振り返ると、偉大なことを成し遂げているんですよね。本当にやりたいことがしっかりしていて、それを叶えるために貪欲にチャレンジしている姿はやはりかっこいいと思いますね。

――本書は装丁の美しさもさることながら、1ページに1文で構成されたページデザインが特徴的です。

SAKIKO 私が韓国で買った初めてのアルバムがTABLOの『熱花』でした。コンセプトがしっかりしたアルバムで、イラスト、フォントすべてが美しく、まるでアート作品のよう。本作にも、TABLOの美的センスが各所に感じられます。

 本書の大きく設けられた余白ページは、TABLOのメッセージなのかもしれません。韓国ではこの余白部分に自分の思いや考えなどを書き込んだりする“BLONOTEの活用法”というのがブームになりました。TABLOは歌詞もそうですし、BLONOTEの活用法も然り、その人のそれぞれの解釈にまかせるところがとても文学的です。題字は娘のHARUちゃんが描いていますし、本当に愛に溢れた1冊だなと思います。

――TABLOとSAKIKOさんの活動は“カルチャーの架け橋”という点でも似ている部分がありそうです。

SAKIKO 確かに私もこれまで韓国の音楽を日本に紹介しながら日韓交流を活発にしてきましたし、今はラッパーのSKY-HIが設立した「BMSG」という音楽事務所の運営に携わりながら、ボーイズグループのクリエイティブ制作や新しい才能を発掘・育成しているので、結果的に少し共通する点があるかもしれません。

 K-POPをメインに聴いている人には日本にも素敵なアーティストがいることを知ってほしいし、逆に日本のみなさんにも韓国の音楽を楽しんでほしい。TABLOに出会ったことでより深く音楽の世界を知ることができたように、私もカルチャーの架け橋になれるよう頑張りたいと思っています。

TABLO(タブロ)
1980年生まれ。韓国ヒップホップグループEPIK HIGHのリーダー。インドネシア、スイス、香港などで幼少期を過ごす。高校時代に廃刊されていた校内文芸誌『望遠鏡』を復刊し、編集長を務めた。作家のトイアス・ウルフの教えのもと、スタンフォード大学創作文芸・英文学科を首席で卒業した後、英文学科の修士課程を修了。演劇、文芸誌、短編映画など大学内外でのさまざまな活動を経てニューヨークで独立映画の助監督として活動していた頃、ハーレムでの生活を機に音楽の世界に足を踏み入れた。2003年にデビュー、音楽界において高い評価を受けるとともに大衆からも広く愛されている。MBC(文化放送)ラジオの音楽番組「タブロと夢見るラジオ」(2008~2009年、2014~2015年)のDJとしても人気を集めた。著書に『BLONOTE』のほか、短編集『あなたのかけら』(月出版、2008、未邦訳)がある。

鳥居咲子(とりいさきこ)
「BMSG」クリエイティブ・ディレクター。幼少期よりピアノと音楽理論を学ぶ。イギリス・ロンドンに音楽留学後、外資系コンサルティング会社に就職するも、趣味が高じて韓国ヒップホップのキュレーターとして活動を始める。来日イベント、ライブ制作、MV撮影などのコーディネートやディレクションのほか、韓国ヒップホップ専門のサイト「BLOOMINT MUSIC」を運営するなど多岐にわたり活躍したのち、2020年SKY-HIが設立した「BMSG」に合流。オーディション番組「THE FIRST」の企画・制作にも携わった。現在は、クリエイティブ・ディレクターとして、ダンス&ボーカルユニット「BE:FIRST」のプロデュースや若手育成にも力を入れている。