元自衛官が、日本支配をもくろむ中国の秘密組織に立ち向かう! 痛快アクション小説『ドリフター』梶永正史インタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2022/4/14

 令和の世に、最強のヒーローが誕生した。元自衛官のその男は、亡き恋人の復讐のため、たったひとりでテロ組織を壊滅。一度はホームレスに身をやつしながらも、国家を揺るがす中国の秘密組織の策謀を知り、再び闘志を燃やす。神出鬼没の「ドリフター」──その名は豊川亮平。硝煙立ち込める中、男の闘いが幕を開ける!

 これまで多くの警察小説を執筆してきた梶永正史さんの新作『ドリフター』(双葉社)は、スカッと爽快なアクション大作。新ヒーローが誕生した経緯、創作の背景について、話をうかがった。

(取材・文=野本由起 撮影=中 惠美子)

日本を支配するため、他国の人材が国家の中枢に入り込んでいたら……

ドリフター
『ドリフター』(梶永正史/双葉社)

──これまで警察小説を執筆することの多かった梶永さんですが、『ドリフター』は痛快なアクションエンターテインメントです。この作品は、どのようにして生まれたのでしょう。

梶永正史さん(以下、梶永):担当編集者と打ち合わせをした時に、「強い主人公を書いてほしい」とリクエストをいただいたんです。そんな主人公が立ち向かう敵は、どんな存在か。そう考える中で、中国の「千人計画」の話題がポッと出たんですよね。その場でネット検索し、「あ、こんなことがあるんだ」というところから構想を広げていきました。

──「千人計画」は、海外からさまざまな分野の優秀な人材を集めるという中国の国家戦略です。どんな点に興味を抱いたのでしょう。

梶永:優秀な研究者がどんどん海外に出て行ってしまうのは、日本にとって悩ましい事態です。以前、日本出身のある研究者がノーベル賞を受賞しましたが、その方も日本に見切りをつけて渡米していましたよね。こうした状況を見ていると、「この先、日本は大丈夫かな」と不安になります。

 とはいえ、僕がもしも科学者で冷遇されていたとしたら、研究費を出してくれる国に行ってしまうでしょう。研究成果を適正に評価して、資金を援助する仕組みがなければ、優秀な人材はどんどん流出するだろうという懸念がありました。

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──作中では、「千人計画」から発想を広げた「浸透計画」について描かれています。もし中国が、優秀な人材を引き抜くと同時に、中国政府の息のかかった人物を日本に潜入させ、この国を支配しようとしていたらどうなるのか。この計画は、梶永さんの創作ですよね?

梶永:もしかしたらそういう計画もあるかもしれませんが、今のところ創作です(笑)。日本からどんどん研究者が流出し、空っぽになったところに逆に中国の人材が入ってきたら恐ろしいことになりますよね。しかも、国家の中枢に送り込まれていたとしたら、大変なことになるでしょう。

 昔、人口の半分くらいが実は宇宙人だったという映画を観たことがあるのですが、その時に感じた言い知れぬ怖さもモチーフになっています。僕の勝手な創作なので、中国に怒られないか心配ですが(笑)。

──作中でも書かれていましたが、日本は海外からの脅威に弱いですよね。監視も緩いため、スパイにとっては天国のようだという話も聞きます。こうした脆弱性に危機感を抱いていたのでしょうか。

梶永:そうですね。僕らは、水面下で進行している事態については気づきません。そこが怖いところだと思うんです。事が明るみに出ない限り、何かが起こっていてもわからない。「浸透計画」のような出来事も、僕らが知らないだけで実際に起こっているかもしれません。

──こうした脅威から国民を守ろうとするのが、主人公の豊川です。かつて自衛官だった頃は、平和ボケしている人々を見て苦々しく思うこともありましたが、今はその平和を守りたいと考えています。

梶永:僕らは日々スマホを眺めてのんきに暮らしていますが、そういう日常ってかけがえのないものですよね。最近のウクライナ情勢を見ていても、何気ないことを何の心配もなくできるのはすごく平和なことなんだなと思います。豊川は、そういう日常を守ろうとしているんです。

強いけれど、情に厚くて不器用 主人公のモデルはあの俳優!

──主人公・豊川亮平の人物像も魅力的です。元陸上自衛官の豊川は、最強の武装集団であるテロ対策部隊を経て、情報本部に所属。その後、バリ島の無差別テロで最愛の恋人・詰田芽衣を亡くし、復讐のためにひとりでテロ組織を壊滅させました。梶永さんは、豊川をどんな人物として捉えていますか?

梶永:超がつくほど不器用な人ですよね。自分を律して高みを目指すことに誇りを持っていますが、それ以外に関しては不器用ですし、情に流されやすいところもあります。ハリウッド的なスーパーヒーローをそのまま日本に持ってきてもフィットしないので、日本だったらこういう経歴だろうと考え、人物を作りあげていきました。

──梶永さんは、これまで警察小説を数多く執筆してきましたが、警察組織の人間にしようとは思わなかったのでしょうか。

梶永:ひと口に「強い主人公」と言っても、いろいろな強さがあります。豊川の場合は、とにかく戦闘力が高い人。警察は組織の力で戦うので、ちょっとそぐわなかったんですよね。一個人として強い主人公を考えた時、自衛官が思い浮かびました。

──梶永さんは、小説を執筆する時に実在の俳優さんを思い浮かべるそうですね。今回は、どんな方を脳内でキャスティングされたのでしょう。

梶永:主人公の豊川は、その名の通り豊川悦司さんです。不器用な雰囲気もありつつ、コミカルな動きもできる方なので、そういうイメージで書きました。芽衣はのんさん、芽衣に瓜ふたつの朱梨は、女優の奈緒さん。捜査一課の宮間は小日向文世さん、自衛隊の楢崎は伊藤英明さん。全部勝手なイメージですが、キャストを思い浮かべて話を考えるのは楽しいんですよね(笑)。

 今回はそこまできっちりとしたものを作りませんでしたが、俳優さんの写真を当てはめて相関図を作ることも。顔写真を見ながら書くと人物像がブレないので、イメージを固めるうえでも助かっています。

──今回、特に面白く書けた人物は?

梶永:やはり豊川でしょうか。今まで書いたことのないタイプですし、複雑なバックグラウンドがあり、男に好かれる男ではないかなと思います。完璧すぎないところも気に入っています。逆に、印象が変わったのは楢崎でした。最初はそこまで活躍すると思っていませんでしたが、意外と後半頑張ってくれました。

──豊川はただ強いだけではなく、人間的な魅力にあふれた人物ですよね。朱梨とのコミカルな掛け合いも面白かったです。中国による「浸透計画」を阻止するというシリアスなストーリーですが、テンポよく読むことができました。

梶永:息抜きとしてコメディ要素があったほうがいいなと思ったんです。僕自身がテレビドラマを観る時も、ちょっとコミカルなほうが観やすいんですよね。例えば、僕が大好きな『踊る大捜査線』もそう。劇中で起きている事件はシリアスですが、アプローチはコミカル。僕の小説も、ちょうどいいバランスを探りながら書いています。

──デビュー作『警視庁捜査二課・郷間彩香/特命指揮官』(宝島社)の頃から、警察小説ながらもコミカルな要素を取り入れていましたよね。

梶永:僕の性格が反映されているんでしょうね(笑)。ただ、やりすぎるとシリアスな雰囲気が崩れてしまうので、あくまでもバランスを見つつコメディ要素を入れるようにしています。

続編では、豊川が都外へ進出? シリーズ化の構想も!

──強い主人公だけあって、アクションシーンもふんだんに盛り込まれています。アクションシーンを描くうえで心がけたのはどんなことですか?

梶永:どういう戦いになるのか、最初はなかなかイメージが湧かなくて。銃撃戦や格闘戦に持っていけばいいのでしょうが、日本が舞台なのでやりすぎるとリアリティが薄れてしまいます。本当にあるかもしれない話として書いているので、できるだけリアルになるよう人物像と併せて作りあげていきました。

──読んでいて、アクション映画のようだと思いました。物語の骨子はどのように作っていったのでしょう。

梶永:この小説では、豊川のかっこいいところを見せたかったので、要所要所のシーンを最初に思い浮かべました。「こういうシーンがあったらかっこいいだろうな」「ここで主人公がこういうことをしたらいいな」と考え、それらを線でつないでいくように物語を作っていきましたね。

──映像からイメージを膨らませることが多いのでしょうか。

梶永:そうですね。もともと脚本を書いていたので、映像的なアプローチが多いかもしれません。先ほど俳優さんを思い浮かべると言いましたが、ストーリーを考える時は、寝ながら頭の中で俳優さんたちに勝手に動いてもらうことが多くて。そうやってもやもや考え、「あ、これはかっこいいな」と思ったら、そのまま文字に起こしています。

──シナリオライティングの技法を、小説に応用することもあるのでしょうか。

梶永:脚本術は映像作品を作るための技術なので、小説に100%そのまま持ってくることはできません。とはいえ、参考になる部分もたくさんあります。僕の場合、原稿用紙5、6枚のプロットを提出したあとに、完成稿の1/5くらいのボリュームのラフ版を書くんですね。最初から最後まで一度書いてみて、話がちゃんと通るか確認したうえで細部を詰めていく。その際、動きとセリフだけで構成する脚本の書き方は非常に役立っています。

──プロットから一度ラフ版を経るというのは、珍しい書き方ではないでしょうか。

梶永:不器用なんです、僕は(笑)。最初から最後までガーッと書ければいいのですが、すべて書き終えてから「この展開、おかしいな」と思うこともある。そこから直すのは大変な作業です。

 ですがラフ版は文字量が少ないので、シーンの順番を入れ換えたり、組み替えたりするのもさほど大きな苦労はありません。原稿を書く時の苦労を、先に済ませておくという感じでしょうか。よく設計士が家を建てる前に小さい模型を作るじゃないですか。ああいうイメージです。

──創作スタイルについて、もう少しお話をお聞かせください。梶永さんはコンピュータ会社に勤務しつつ、小説を執筆する兼業作家です。会社勤めのご経験も、今回の作品に生かされているのでしょうか。

梶永:IT技術のバックグラウンドはあるので、コンピュータに関する記述は経験が生かされているかもしれません。他には、豊川が潜入する企業の様子にも、会社員の経験が生かされています。オフィスの雰囲気もそうですし、メール室の内情なんかもそう。実際、メール室の人と飲みに行った時に「俺、社内のことは全部知ってるよ」と言われたことがあるんです。各部署を回って郵便物などを届けているので、社内事情に詳しいんですよね。それをそのまま書きました。

──以前は、通勤時にスマホで執筆されていたそうです。今はコロナ禍で出社頻度も下がっているのではないかと思いますが、執筆スタイルに影響はありましたか?

梶永:机に向かうことが多くなりましたが、今もふと思いついた時にスマホに書き留めることは続けています。まぁ、最終的にはパソコンを使うので、そこまで執筆スタイルは変わりませんが。

 また、最近はスマホの読み上げ機能が高度になっていますよね。書いた原稿を通勤中や執筆中に読み上げてもらい、耳で聴くこともしています。そうすると、「この流れ、ちょっと変だな」とわかったり、誤字に気づきやすくなったりするんですね。そういった形でも、スマホを活用しています。

──『ドリフター』は、ひとまず敵対組織との決着がついたものの、まだ続きがありそうなエンディングでした。続編への含みを持たせたラストでしたが、すでにシリーズ化も考えているのでしょうか。

梶永:具体的には決まっていませんが、頭の中ではすでに2、3の話がスタンバイしています。いつでも行けます(笑)。

──どういう構想があるのか、少しだけ教えていただけますか?

梶永:今回は東京が舞台でしたが、大阪など別の場所に豊川が行くことも考えています。いろいろな形で「浸透計画」が噴き出そうとしているので、怪しい動きがある場所に行って敵を叩く。そういうストーリーになるのではないかと思います。

──この小説を、どういう人におすすめしたいですか?

梶永:最近はコロナ禍やウクライナ情勢など、暗い話が続いています。そんな時期だからこそ、スカッとしたい方に読んでいただきたいです。